この時期の立山砂防は奥地の工事現場の設営も終わって、工事が本格的に始まった頃です。奥地を目指す朝の通勤列車は、続行で次々とやって来ました。 1.人車列車 (天鳥橋:1992年6月) 2本目の立山号が牽く人車列車は、アルミサッシで囲った全天候型の人車…
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