ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第744話 1992年小湊:不変道徳の世界

今回は2度目の小湊鉄道訪問の話題です。 1度目は第544話~第547話で、秋の行楽輸送をお伝えしましたが、その時は走行撮影に徹していたので、肝心な五井機関区には立ち寄っておらず、大事な「お宝」を見ずじまいでした。よって、その2週間後に改めて機関区…

第743話 1994年土佐:いにしえのLRT(その7)

今回も引き続き土佐電の輸入中古車の話題です。 土佐電では、8車種の外国の路面電車を譲受しましたが、そのうち竣工したのは5車種でした。第742話では1994年当時の735形と320形についてお伝えしましたが、今回は残りの3車種です。 1.910 (桟橋車庫:1994…

第742話 1994年土佐:いにしえのLRT(その6)

ここからは、" どーでもよい ” と言うと怒られそうですが、惰性で土佐電のイベント車の話題です。 それまでイベント車とは、国鉄(JR)や距離の長い大手私鉄などが保有する「お座敷車両」や、地方私鉄ではせいぜい「花電車」程度でしたが、バブル期になると地…

第741話 1994年土佐:いにしえのLRT(その5)

土佐電の市内線は伝統的に自社発注車の血統を維持していましたが、新製車はお金が掛かるからなのか、同じ四国の廃止された琴平参宮電鉄から1964年に3両を譲受したのにはじまり、1971年には廃止された下関の山陽電軌から7両を譲受しました。1994年当時は、す…

第740話 1994年土佐:いにしえのLRT(その4)

土佐電と言えば、やはり600形です。 600形は200形に続いて登場した、今度は太った車体更新前の都電7000形のような顔をした車両です。本来であれば、新型のLRT車両として、土佐電のPCCカーだった500形の量産的存在になるはずでしたが、カルダン化は見送られて…

第739話 1994年土佐:いにしえのLRT(その3)

さて、土佐電の桟橋車庫を一通り眺めたので、在籍車両の経歴について確認したいと思います。すでにご覧頂いた通り、古い車両は居ません。そして、意外とオリジナル車両が多く、車両の種類も規模の割に少ないです。私の場合、路面電車と言えば広電ありきだっ…

第738話 1994年土佐:いにしえのLRT(その2)

続いて、土佐電桟橋車庫の様子です。 この頃の土佐電は、誰が見ても完全な路面電車の路線でしたが、かつては安芸線と言う鉄道線が存在しました。安芸線は1974年に廃止され、現在はその軌道敷を一部流用して、第三セクターの土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線…

第737話 1994年土佐:いにしえのLRT

1994年は仕事で広島に長期滞在していた関係で、琴電へ出向く機会が増えました。その琴電訪問時に、ふと思ったのが「土佐電をまだ見たことがない」ということでした。当時の土佐電は、一部に専用軌道はあるものの基本は路面電車で、古い車両もないので、全く…

第736話 1993年茨城交通:潜在的車種統一(その3)

この日、茨城交通へ出向いた目的は、朝の4連撮影でした。 朝の4連は1985年にも撮影していましたが、朝のラッシュ時に1往復しか走らず、運行時間帯も早いので撮影が難しい列車でした。その時は車での撮影だったので、早朝から撮影ができましたが、東京から電…

第735話 1993年茨城交通:潜在的車種統一(その2)

1993年当時の茨城県下の非電化私鉄を見ると、鹿島鉄道が4両のNDCをすでに導入しており、関東鉄道常総線もこの年にキハ2100形を導入します。ところが、茨城交通は中古車のキハ20形が登場し、異端車を排除しましたが、ようやくワンマン運転が始まったばかりで…

第734話 1993年茨城交通:潜在的車種統一

1993年3月、2年振りに茨城交通を訪問しました。 1991年の訪問時には、キハ20形が2両お隣の鹿島臨海から移籍していましたが、その後も移籍が続き、最終的にキハ20形は4両になっていました。 1.キハ1103(廃車)+ケハ601(廃車) (那珂湊:1993年3月) 湘南…

第733話 1991年鹿島:昭和ノスタルジーを求めて(その2)

今回も鹿島鉄道の続きですが、1年後の1991年4月の様子です。 この1年間、鹿島鉄道は車両の動向に変化はありませんでした。よって、一安心と言ったところですが・・・。 1.石岡機関区 (石岡:1991年4月) 石岡機関区には湘南顔の気動車が集っていました。…

第732話 1990年鹿島:昭和ノスタルジーを求めて

寒い日が続いています。そろそろ春が待ち遠しくなってきました。今回は32年ほど前の、春爛漫の頃の話題です。 1989年に鹿島鉄道へ2両のNDCが導入されました。時代の流れには逆らえませんが、幸いNDCの導入による廃車はありませんでした。よって、1990年4月の…

第731話 1986年赤平炭鉱:「社会勉強」と言う口実(その2)

1985年8月に訪問した赤平炭鉱は休日だったので何も見ることが出来ず空振りに終わりました。そのリベンジを翌年の冬に行いましたが、今回は友人はおらず、私一人でした。よって、「社会勉強」ではなく「単なる趣味の一環」でした。 1.6tBL入換作業 (立坑…

第730話 1985年赤平炭鉱:「社会勉強」と言う口実

今回はローカル線ネタではありません。 学生時代に友人と初めて渡道した1985年の夏のことです。北海道ならではの風景を見ることが目的でしたが、観光地だけではなく、「社会勉強」のために、友人と共に赤平炭鉱へ行きました。 とは、いうものの、本当は炭鉱…

第729話 1993年西鉄(北九州):微妙な共存(その4)

続いて西鉄北九州線残存区間の様子ですが、今回は筑豊電鉄の分岐点です。この場所は熊西から折尾方面に少し行ったところですが、電停はなく、突然線路が2方向に分かれていました。 1.622、621 (熊西~皇后崎:1993年11月) この写真は、分岐点から北九州…

第728話 1993年西鉄(北九州):微妙な共存(その3)

今回は西鉄北九州線の沿線撮影の様子です。 沿線と言っても、路線長は僅かに5km足らずで、全線複線の専用軌道です。しかも全線にわたりJR鹿児島本線が真横を併走しており、どこも同じような風景です。 1.646 (熊西~皇后崎:1993年11月) 効率よく撮影す…

第727話 1993年西鉄(北九州):微妙な共存(その2)

今回は西鉄北九州線の話題なので、筑豊電鉄には直接触れませんが、この両者は微妙に共存しており、話しがややこしいです。 1.筑豊2108A+B (西黒崎:1993年11月) 北九州線の黒崎車庫をのぞくと、筑豊2108編成がいました。この電車はちょっと前までは北九…

第726話 1993年西鉄(北九州):微妙な共存

かつて北九州市には、西鉄北九州線と言う長大な路面電車が存在しました。しかし、1985年から1992年にかけて段階的に路線縮小を行い、1993年当時は黒崎駅前~折尾間の専用軌道区間わずか5.1kmの路線になっていました。専用軌道とは言え、これだけの路線を残す…

第725話 1993年島原:島原大変!!(その4)

今回の訪問時に島原機関区にいなかった車両のうち、何両かは深江~加津佐間の分断された区間にいるはずです。分断区間は検修庫もなく、どうしているのか?。なにより、災害によって廃止に追い込まれてしまうケースもあり、それが心配でした。 1.D3703 (南…

第724話 1993年島原:島原大変!!(その3)

島原鉄道は路線長が78.5kmもある長大非電化私鉄でした。かつて国内の二大非電化私鉄と言えば、東の関東鉄道、西の江若鉄道と言われましたが、江若鉄道亡き後は、路線の規模や保有車両数から西の島原鉄道と言っても過言ではありませんでした。 しかし、規模が…

第723話 1993年島原:島原大変!!(その2)

せっかくの九州遠征でしたが、2日目の島原は、天気に恵まれませんでした。まだ10月でしかも九州なのに肌寒い一日で、走行撮影は絶望的でした。 よって、再び機関区訪問です。 冷たい天気のせいか、荒れる普賢岳のせいか、前日以上に重苦しい雰囲気が機関区に…

第722話 1993年島原:島原大変!!

1993年は仕事の都合で、私は広島に長期滞在していました。そのため、休日は西日本各地のローカル線巡りをしていましたが、時には九州にも足を延ばしました。 その頃の九州は、すでに地方私鉄はほとんど残っておらず、なかなか出向くきっかけがありませんでし…

第721話 1992年江ノ島:江ノ電90歳の頃(その3)

開業90周年を迎えた江ノ電ですが、新車の2000形導入や旧型車の延命化が一段落し、その後はしばらく車両の変化はありませんでした。一つ気になったのは、500形の処遇でした。 1.デハ303+デハ353、デハ501+デハ551 (極楽寺:1992年10月) この時点、500形はカル…

第720話 1992年江ノ島:江ノ電90歳の頃(その2)

江ノ電が間もなく開業120年を迎えますが、あれから30年も経ってしまったのかと思うと同時に、いつまでも新車と思っていた2000形は、導入されてからもう30年が経つという事です。当然私も30歳年を取ったわけですが、月日の経つのが恐ろしく速く感じます。 1…

第719話 1992年江ノ島:江ノ電90歳の頃

1992年当時の江ノ電の写真には開業90周年記念のマークを付けた車両が写っていました。と、言うことは、今年で開業120周年です。 現在の江ノ電は湘南を走るハイカラな電車ですが、30年前はちょうどハイカラな電車への脱皮が始まった頃でした。今回は1992年、…

第718話 1993年水島臨海:偉い人の苦言(その4)

今回は、水島臨海鉄道の地平区間の沿線撮影の様子です。 水島市街は高架化されていましたが、弥生から倉敷市側は昔ながらのローカル線でした。 1.キハ212+キハ203 (弥生~浦田:1993年12月) この頃の水島臨海鉄道は、沿線人口の増加によって利用客が増え…

第717話 1993年水島臨海:偉い人の苦言(その3)

水島臨海鉄道で見たかったのは機関車です。水島臨海鉄道はさすがに臨海鉄道だけあって、貨物輸送用に自前の機関車を保有しており、国鉄機にはないオリジナリティが伺えました。 1.DE701 (倉敷貨物ターミナル:1993年12月) 早速やってきたのは、JR機?で…

第716話 1993年水島臨海:偉い人の苦言(その2)

前話では、水島臨海鉄道のキハ20形の事ばかりでしたが、水島機関区にはキハ20形以外にも、怪しい車両が集結していました。その様子は、まさに露店の骨董品市の様でもあり、中にはお宝もある様な・・・・。 1.キハ356廃車 (水島機関区:1993年12月) さて…

第715話 1993年水島臨海:偉い人の苦言

「偉い人の苦言」は、それなりに影響力がありますが、時として炎上することも。 例えば4年程前の福井では、大雪で運行できなかったLRVを「クソみたいな電車」とののしった県議さんがいました。 この話はネットでも話題になりましたが、私は「ひどいことを言…