塩田平を行く列車は、どのカットも絵になる風景です。
私は上田交通を訪問するまでは、車両主体の写真しか撮っていませんでしたが、この秋の上田訪問で四季折々の景色を走る車両の面白さに気づきました。そして、今改めて思うのですが、インスタントカメラにもかかわらず、カラー写真で撮っていて本当に良かったです。どの写真も結構良い色が出ていますし、もしこれが白黒写真だったら、当時の上田交通の魅力を表現できなかったと思います。
日中は2列車が中間の下之郷で交換するダイヤとなります。この日はモハ5253とモハ5372の2両が運用に入りましたが、1本でも“丸窓”が走っていたのでラッキーでした。
4.40‰勾配に挑むモハ5372(別所温泉~八木沢:1984年11月)
別所線は比較的平坦な路線でしたが、終点の別所温泉の手前一駅間は40‰の急こう配区間でした。モハはトレーラーを牽引するので、老体ではありましたが、それなりにパワーを有していました。
5.元長電のモハ5271 (上田原:1984年11月)
別所線にはお隣の長電から5両の車両がやって来ました。いずれも長電の長野市街地下化で追い出されてきた車両です。最初に入線した2両は長電開業時に導入された半鋼製車両でしたが、後に入線した3両は川造タイプと呼ばれる川崎造船所製の全鋼製車両でした。その川造タイプは長電時代は3両共モハでしたが、上田入線時に1両はクハ化されてクハ271となり、残る2両のうち1両はモハ5271となりました。もう1両は既に報告済みですが未入籍のまま解体されました。写真はモハ5271(注1)ですが、この車両はなかなか運用に出てこない車両でいつも相棒のクハ271と車庫で昼寝状態でした。
(注1)モハ5271の車歴:上田モハ5271←長野モハ612←長野モハ602←長野モハ352←長野デハ352:1927年川崎造船製
6.元善白の気動車だったモハ3122廃車体 (上田原:1984年11月)
このダルマ車体も既に報告済の元善光寺白馬電鉄ゼ100の成れの果てですが、見るたびに朽ちて行く様子がわかります。気動車好きの私にとっては心が痛みました。
1984年は春と秋の2回上田を訪問しましたが、後2年でこれらの貴重な車両も見納めです。せっかく上田の魅力を理解できたのに残念でした。この後も昇圧までの間に数回上田を訪れており、その時の様子は別途報告しますが、この時の反省として、もっと綺麗な写真を撮るために早く一眼レフを買わねばならないと痛感しました。