ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第39話 1985年名鉄揖斐・谷汲 大手私鉄の隠れ蓑

1980年代は大手私鉄にもまだ吊り掛け車が結構残っていました。私がかつて勤務していた東京の蒲田にも東急目蒲線や池上線など、とても東急の電車とは思えないような老朽車両が、1990年頃までいっぱい居ました。しかしどんなに古くても、所詮大手の車両なので魅力を感じず無視していましたが、中京の大手である名鉄の揖斐・谷汲線の車両は無視できませんでした。

その理由は、揖斐・谷汲線名鉄とはいえ独立した路線で、まるで別会社の様な存在だったこと、そしてもし別会社だったらとっくになくなっていたかも知れない路線だったからです。まさに名鉄という“大手の隠れ蓑”に守られていた感じですが、当時名鉄は本線車両の体質改善が最優先だったのか、揖斐・谷汲線は昭和初期から時間が止まっており、走っていた車両は壮絶な面々でした。

 

1.大正遺産のモ515他 黒野:1985年12月)

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揖斐・谷汲線は独立した路線でしたが、さすがに名鉄の一員だけあって、大正生まれの電車もパノラマカーと同じスカーレットをまとっていました。この頃、お隣の美濃町線にはモ880形という2連接の新車が投入されていましたが、こちらは新車とは無縁で、何となく忘れられた存在でした。

 

2.モ702 黒野:1985年12月)

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 ところで揖斐・谷汲線で活躍していた車両は、かなり古い車両ですが、この路線の生え抜き車両は1両もおらず、全て名鉄の他路線から玉突きで移ってきた車両です。こういうところが大手らしいやり繰りですが、そのわりに車両はちっとも新しくなっておらず、揖斐・谷汲線名鉄電車の老人ホーム的存在でした。 

揖斐・谷汲線の車両は大別すると、鉄道線内専用車と岐阜市内軌道線直通専用車に分けられます。鉄道線から市内線に乗り入れるケースは広島電鉄福井鉄道などに例がありますが、揖斐・谷汲線ほど古い車両は使用していませんでした。

鉄道線内専用車はスタンダードの電車で、片運電動車のモ700形3両と両運電動車モ750形6両及び片運制御車のク2320形4両が在籍しました。これらの車両は、ほとんどが同社の瀬戸線から転属してきた車両です。瀬戸線は栄町乗り入れにより、地下区間に入れない旧型車を一掃し、その追いやられた車両が揖斐・谷汲線にやって来ました。

 

3.モ704 黒野:1985年12月)

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モ700形(注1)は初代名古屋鉄道の車両です。老朽化して本線を追いやられて瀬戸線に転じ、更に揖斐・谷汲線にやって来ました。片運車だったので、いつも相棒のク2320形と2連で通常は揖斐線の忠節~黒野間で使用されていました。1985年当時はまだ窓枠が木製で原型を留めており、とても大手私鉄の車両とは思えぬ存在でした。

(注1)モ700形の車歴

 ・名鉄モ702←デボ701:1928年日本車輌製(瀬戸線から転属) 
 ・名鉄モ703←デボ702:1928年日本車輌製(瀬戸線から転属) 
 ・名鉄モ704←デボ703:1928年日本車輌製(瀬戸線から転属)

 

4.元愛電の特急車だったク2325 (美濃北方:1985年12月)

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ク2320形(注2)は現在の名鉄名古屋本線名古屋~豊橋間の前身である元愛知電鉄出身で、なんと特急として使用されていた電7形の成れの果てです。この車両も本線を引退後は瀬戸線に転じましたが、瀬戸線でも特急として活躍した後に揖斐・谷汲線にやってきました。さすがに揖斐・谷汲線には特急運用はなく、のんびり余生を送っていました。

 (注2)ク2320形の車歴 

 ・名鉄ク2323←モ3205←愛電デハ3080:1926年日本車輌製(瀬戸線から転属) 
 ・名鉄ク2325←モ3206←愛電デハ3086:1926年日本車輌製(瀬戸線から転属) 
 ・名鉄ク2326←モ3208←愛電デハ3088:1926年日本車輌製(瀬戸線から転属) 
 ・名鉄ク2327←モ3210←愛電サハ2021:1926年日本車輌製(瀬戸線から転属)

 

5.モ751 (旦ノ島~尻毛:1985年12月)

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モ750形(注3)はモ700形の両運車です。この車両もモ700形同様の足跡を歩んで揖斐・谷汲線にやって来ましたが、両運車だったので、活動範囲が広くワンマン化されてました。

(注3)モ750形の車歴

 ・名鉄モ751←デボ751:1928年日本車輌製(瀬戸線から転属) 
 ・名鉄モ752←ク2151←デボ752:1928年日本車輌製(広見線から転属)
 ・名鉄モ754←デボ754:1928年日本車輌製(瀬戸線から転属) 
 ・名鉄モ755←デボ755:1928年日本車輌製(瀬戸線から転属) 
 ・名鉄モ758←デボ758:1928年日本車輌製(瀬戸線から転属) 
 ・名鉄モ759←デボ759:1928年日本車輌製(瀬戸線から転属)

 

6.モ511+モ522 (旦ノ島~尻毛:1985年12月)

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軌道線直通専用車は両運電動車のモ510形5両とモ520形5両が在籍していました。これらの車両は、もともと軌道線の美濃町線所属でしたが、美濃町線にモ600形が新製投入され、玉突きで転属してきました。ベースが軌道線車両なので揖斐・谷汲線でも市内線直通運転を行うきっかけとなった車両です。

 岐阜市内線直通列車は、概ねモハ510形+モハ520形の元美濃電コンビで使用され、鉄道線内は急行運転されていました。クロスシートを装備し、結構な速度で走っていましたがいずれの車両も大正生まれです。

モ510形(注4)は戸袋窓が楕円形のいわゆる“丸窓”で、しかも流線形5枚窓の電車でしたが、これが現役だったのが奇跡的というか、とても大手私鉄とは思えない現実でした。

(注4)モ510形の車歴

 ・名鉄モ511←美濃セミボ511(BD511):1926年日本車輌製(美濃町線から転属) 
 ・名鉄モ512←美濃セミボ512(BD512):1926年日本車輌製(美濃町線から転属)
 ・名鉄モ513←美濃セミボ513(BD513):1926年日本車輌製(美濃町線から転属) 
 ・名鉄モ514←美濃セミボ514(BD514):1926年日本車輌製(美濃町線から転属) 
 ・名鉄モ515←美濃セミボ515(BD515):1926年日本車輌製(美濃町線から転属) 

 

7.モ526+モ515 (旦ノ島~尻毛:1985年12月)

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モ520形(注5)はモ510形よりも更に古い車両です。床下に台枠が露出しており、元木造車だったことを物語っています。モ520形は直接制御だったので、HL制御のモ510形との連結運転時はトレーラー扱いとなり、連結運転に備えて黒野寄りの運転席には直接制御用とHL制御用のマスコンが併設されていました。よって、モ520形は連結運転時は常に黒野寄りに連結されていました。

(注5)モ520形の車歴

 ・名鉄モ522←美濃BD506:1923年名古屋電車製作所製(美濃町線から転属) 
 ・名鉄モ523←美濃BD507:1923年名古屋電車製作所製(美濃町線から転属)
 ・名鉄モ524←美濃BD508:1923年名古屋電車製作所製(美濃町線から転属) 
 ・名鉄モ525←美濃BD509:1923年名古屋電車製作所製(美濃町線から転属) 
 ・名鉄モ526←美濃BD510:1923年名古屋電車製作所製(美濃町線から転属)