現在東京は桜が満開です。
この時期になるといつも津軽の桜を思い出します。1988年のGWは東北のローカル私鉄を早回りしました。その時の津軽鉄道沿線の桜が目に焼き付いています。
“北国の春”という歌がありますが、津軽鉄道には“北国の春”というヘッドマークを付けた列車が走っていました。この“北国の春”とは正に津軽の桜のことでした。
1.キハ24025、キハ24022、キハ24024 (五所川原:1988年5月)
五所川原機関区です。早朝なので気動車が集結していました。この日は連休で、日中は花見客が繰り出すため全列車フル稼働です。当時の気動車は津軽鉄道オリジナルのキハ24000形と元国鉄キハ11形だったこれもキハ24000形の6両が在籍していました。
2.キハ24023 (津軽飯詰~毘沙門:1988年5月)
この日の撮影は、まず津軽飯詰で下車し、ぶらぶら芦野公園まで歩きながら行いました。津軽飯詰から先、列車は築堤を走ります。最初にやって来たのは津軽鉄道の自社発注車であるキハ24000形の単行でした。築堤なので列車は良く見えますが、周りの風景は築堤で遮られてしまい、しかも列車は平凡な気動車なので面白くありません。
3.キハ24023 (津軽飯詰~毘沙門:1988年5月)
しかし天気が良いので、無駄に何枚も連写(ハンドドライブ)してしまいました。 この時期、津軽ではまだ田植えが始まっておらず、田圃は土がむき出し状態です。しかし津軽はちょうど桜が満開の時期なので、芦野公園の桜が楽しみでした。
4.キハ24021 (津軽飯詰~毘沙門:1988年5月)
津軽飯詰から少し歩くと築堤の背後に岩木山が現れました。ここで撮影しないわけにはいきません。ちょっと列車の正面に陽が当たっていませんが仕方ありません。この辺りは現在でも同じような写真が撮れると思いますが、現在の列車はキハ24000形ではなく、平凡なNDCです。
5.DD352+オハ463+オハフ331 (毘沙門~津軽飯詰:1988年5月)
津軽鉄道のストーブ列車はあまりにも有名ですが、冬季以外はストーブを外して走っていました。ストーブを外したら何列車と呼べばよいのかわかりませんが、客車列車です。この客車列車は通学用ですが、多客期には結構運用されていました。当時津軽鉄道を訪れた理由は、やはり客車列車にありました。この日は朝から快晴で山頂に残雪を被った岩木山がくっきり見え、最高の撮影日和となりました。
それにしても客車列車は昭和の原風景そのものです。
6.キハ24023 (毘沙門~津軽飯詰:1988年5月)
この辺りは築堤が低く、津軽平野が見渡せます。この写真は画面の左端が黄色く変色しています。これはネガの劣化です。黄色が目立たないように、色調を淡く調整しましたが、背景の岩木山に少々霞が掛かってきたように見え、これが限界です。