ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第147話 1989年名鉄(揖斐・谷汲) 古き佳き粋な計らい(その5)

大変ばち当たりな話ですが、一時期毎年のように谷汲線を訪問しましたが、肝心の谷汲山華厳寺には一度も参拝したことがありません。いったいどんなところなのか?

この日も谷汲駅まで歩き、モ510形を撮影したらとっとと撤収です。

 

1.モ514+モ513 (谷汲~結城:1989年1月)

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この写真は谷汲駅の少し手前の林の中からモ510形が出てきたところです。これで谷汲線での撮影を終えて、このモ510形の折返しに乗車し、次の撮影場所に移動です。

 

2.ク2325+モ754 (尻毛~旦ノ島:1989年1月)

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夕方になり陽も傾いてきたので、見通しの良い場所に移動です。見通しが良いと言えばここしかありません。それは尻毛駅近くの伊自良川橋梁です。

ところで、「尻毛」という駅名がなんともユニークで、その地名の由来が気になります。その昔、お尻の毛が異様に長い妖怪が住んでいたのか?。

最初は読み方がわからず、「シリゲ」とか「ケツゲ」とか言ってましたが、そんな読み方があるわけありません。ある時、揖斐線の車中で尻毛まで乗車券を購入する際に、意を決して「シリケまで1枚」と言ったところ、車掌さんに「シッケね」と正されて一挙に解決です。正しくは「シッケ」です。

 

3.ク2327+モ704 (尻毛~旦ノ島:1989年1月)

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陽の向きもドンピシャでした。名鉄スカーレットが夕陽に映えます。

前面に当たる夕陽が反射しない様に、おもいっきり絞り込んでみましたが、ちょうど良い感じでした。

 

4.ク2327+モ704 (尻毛~旦ノ島:1989年1月)

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目の覚めるようなスカーレットに、思わず連写してしまいました。前方にそびえるのは有名な金華山で、山頂の岐阜城も良く見えました。 

 

5.モ514+モ513 (尻毛~旦ノ島:1989年1月)

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さっき乗ったモ510形が岐阜市内から戻って来ました。乗客満載ですが、もう谷汲山華厳寺参拝ではなく、岐阜市内からの帰宅する人達です。これほど多くの乗客では新車のモ770形では乗せ切れないでしょう。モ510形の様な大柄で連結できる市内線直通車が欲しいところです。 

 

6.モ751 (尻毛~旦ノ島:1989年1月)

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最後はモ751の単行です。この撮影を終えてこの日は終了です。濃厚な一日でした。

当時は新車の導入が気になっていましたが、この路線の廃止など夢にも思いませんでした。しかし、これだけの輸送需要を抱えていたのに、いずれ名鉄が岐阜地区の軌道線及び揖斐・谷汲線から総撤退することになります。