ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第154話 1987年関東(常総) 気動車三昧(その2)

今回も1987年1月~3月に訪問した関東鉄道常総線の話題ですが、かなり多くの写真を撮っていたので、掻い摘んだつもりですが、このシリーズは結構長編になりそうです。

 今回の話題は、1形式1両の一匹狼だった車両です。

常総線には 1形式1両の車両が結構いました。厳密に言うと、前回の話題だったキハ703+キハ704もそれぞれ、キハ703形とキハ704形なので、これも1形式1両でしたが、これ以外にも一匹狼がいました。それでも電車と違い気動車は、国鉄に「右に倣え」だったことが功を奏して、たとえ一匹狼でも、とりあえずはどの車両とも仲良く連結して走れたので、 全く問題はありませんでした。

 

1.キハ755 (水海道:1987年1月)

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余談はさておき、この国鉄キハ55形モドキのキハ755も一匹狼でした。

キハ755は元小田急気動車だったキハ751~754の追番ではありますが、唯一元南海電鉄の車両で、形態も元小田急車とは全く異なり、形式も単独のキハ755形を与えられ、1形式1両でした。もっとも、関東鉄道ではキハ750番代は2機関の液体式気動車を意味していたようで、そういう意味で元小田急車の追番になったようです。

 

2.キハ755 (水海道:1987年1月)

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ところで、キハ755は南海時代には仲間がいっぱいいましたが、なぜかこの1両だけが常総線にやって来ました。第59話で触れましたが、この車両は南海時代の事故車でした。だから南海はあっさり手放したのかも知れませんが、キハ755は常総線では国内初の4ドア気動車として生まれ変わり、ダブルエンジンで有り余るパワーもむなしく孤軍奮闘していました。

 

3.キハ721+キハ813 (水海道:1987年3月)

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 そして、キハ721はキハ720形唯一の1両でした。この車両は廃止された富山県加越能鉄道加越線からやって来た車両ですが、加越能時代からの一匹狼です。1964年製ですが当時の国鉄気動車にも翻弄されず、独特の風貌はまさに気動車界の異端児的存在でした。常総線では片運化されましたが、これも一匹狼だった道産子のキハ813となぜかコンビを組むことになりました。

 

4.キハ721 (水海道:1987年1月)

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 この写真はキハ721の連妻です。かつてはこちら側にも運転台があり、2枚窓の非貫通でした。もともと妻面に緩いRがついているので、貫通扉が引っ込んでいますが、常総線では固定編成の車両以外は貫通路を常用していなかったので、ホロは付いていません。

 

5.キハ813+キハ721 (水海道:1987年3月)

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 キハ721とコンビを組むキハ813です。この車両は廃止された北海道の雄別鉄道からやって来た1969年製の比較的新しい車両です。車号が813ですが、キハ811、812は筑波線に配属され、1両だけ常総線に泣き別れとなってしまいました。

 

6.キハ813+キハ721 (水海道:1987年3月)

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 しかし、筑波線のキハ811、812は両運車でしたが、キハ813は当初から片運車で、これが理由で常総線に配属されたようです。常総線では形式もキハ813形が与えられ一匹狼として独立しましたが、年齢の近いキハ721と凸凹コンビを組みました。

 

7.キハ813 (水海道:1987年1月)

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 キハ813の連妻です。この連妻はもとからのものですが、なんとも味気ない食パン顔でした。なお、キハ813は移籍時にトイレと荷物室を撤去して客室化し、座席はロングシート化されましたが、常総線では珍しく最後まで関東流の洗礼を浴びなかった、すなわち通勤車化改造されなかった車両で、オリジナルのままステップ付きの2ドア車でした。