ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第182話 1986年立山砂防 工事現場に立ち入るべからず!!(その2)

立山砂防の2日目は快晴となり、気合が入りました。

前回の訪問時は中小屋のスイッチバックまでで戻りましたが、この時は更に奥へ進みました。特に撮影場所の情報は持っていませんでしたが、偶然見つけたのが、中小屋から少し先の天鳥オーバーハングでした。

この場所でなんとか撮影を試みようと、軌道脇の崖っぷちで列車を待ちました。どのくらい待ったでしょうか、谷間からエンジン音が聞こえるとオーバーハングからいきなり機関車が飛び出して来ました。

 

1.天鳥オーバーハングを行くSKW (桑谷~中小屋:1986年10月)

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天鳥オーバーハングでは、続行列車が次々とやって来ました。

2本目の続行列車は、 古豪のSKWでした。ベストアングルで撮影でき、2日目は幸先良いスタートでした。しかしこの写真は、立山砂防を知らない人が見ると、何の写真なのか理解できないそうです。

 

2.北陸重機の牽く人車列車 (桑谷~中小屋:1986年10月)

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3本目の 続行列車は、通勤の人車列車でした。おそらく、連絡所のオバちゃん達はこの列車で通っていたと思われます。

 

3.水谷を目指す人車列車 (中小屋~桑谷:1986年10月)

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 続行列車は何本来るのかわかりませんが、3本目が通過したあとはしばらく音沙汰がなかったので撮影場所を移動することにしました。

 

4.天鳥オーバーハングの俯瞰 (桑谷~中小屋:1986年10月)

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 次の撮影場所は、少し進んだ天鳥橋付近です。この場所は天鳥オーバーハングを俯瞰できる場所でした。写真をご覧いただくと、先程撮影した場所の様子がよく見えます。タイミングよく機関車が小さく写っていますが、ちょうど先程撮影した天鳥オーバーハングを走行しています。とんでもない場所で撮影していたことがわかります。

写真には、トンネルの様なコンクリート製の落石シェルターが写っていますが、この場所は落石の多い難所でした。このシェルターの手前に、鉄橋のガーダーの様な構造物が写っていますが、以前はそこが軌道だったようです。この数年後には、写真の右側から土砂崩れが発生し、この一帯は一転して様変わりします。

 

5.天鳥トンネル (桑谷~中小屋:1986年10月)

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列車が 天鳥トンネルを抜けて近づいて来ました。ここも何枚でも連写できました。ちょうど列車が写っているあたりが、数年後に土砂崩れが発生した場所です。この土砂崩れがきっかけで、この一帯は埋め立てられて広大な河原となり、軌道がルート変更されますが、更にその後、災害を回避するため、バイパスのトンネルが掘られてこの付近の軌道は姿を消しました。

 

6.天鳥橋の資材列車 (桑谷~中小屋:1986年10月)

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列車は更に近づき、天鳥橋を渡るところです。

現在は、この付近をバイパスするトンネルにルート変更されており、この一帯の撮影はできません。 

 

7.天鳥橋の資材列車 (桑谷~中小屋:1986年10月)

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 この日は、続行列車のあともダラダラと列車が登って来ました。この天鳥橋付近で停車し、なにやら時間調整をしているようで、ここぞとばかりに同じような写真を何枚も撮ってフィルムを浪費してしまいました。

ところで、機関車はなかなか発車せず、様子が変です。何かあったのかも・・・・!!