ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第223話 1987年茨城交通:恥ずかしいCI化(その3)

1987年3月には、いよいよ筑波鉄道が廃止されるため本腰を入れて筑波鉄道を撮影するため、いつものバイト先の友人と3日間かけて車で撮影を行いました。

しかし、やはり車は行動性が良く、実際は常磐線沿線のローカル私鉄早回りとなり、筑波鉄道以外に関東鉄道鹿島鉄道日立電鉄、そして茨城交通をはしごしてしまいました。

今回は、その時の茨城交通の話題です。

 

1.キハ221 (那珂湊:1987年3月)

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この時、別に茨城交通へ行くつもりはありませんでしたが、日立電鉄に行った勢いと言うか、何かに導かれて那珂湊に到着しました。

早速出迎えてくれたのは、アメリカンのキハ221でした。今回は2度目の再会ですが、やはり絶句でした。 

 

2.キハ113+キハ2004+キハ1002 (那珂湊:1987年3月)

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とうとう、こんな新旧混色編成が現れました。真ん中の車両が特別車のように見えますが普通のキハ2004です。  

 

3.キハ222 (磯崎~平磯:1987年3月)

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 この時、本当はここで撮影している場合ではなく、筑波で撮影するべきだったのでしょうがそれはそれとして、久々に湊線の牧歌的な写真が撮れました。 

 

4.キハ222 (磯崎~平磯:1987年3月)

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 キハ222はまだアメリカン化されていませんでした。この日も天気がよく、旧塗装だったので、とりあえずキハ222を追い掛けることにしました。

 

5.キハ222 (金上~中根:1987年3月)

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 この時期、関東地方は晴天が続きます。空気も澄んでいて写真も綺麗に撮れます。叶うものならもっと個性のある車両に登場してもらいたかったです。

 

6.キハ222 (金上~中根:1987年3月)

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 田植え前の赤茶けた田圃に白装束が目立ちます。やがてこの車両もアメリカン塗装となりますが、その後この車両はワンマン化され、晩年はなぜか国鉄気動車色のクリーム色と紺色に塗られます。しかし、国鉄車両ではなかったキハ222の復元塗装はなんとなくやらせっぽく感じ、カメラを向ける気になれませんでした。