ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第229話 1986年松本:アルピコじゃなかった頃

1986年8月は甲信地方のローカル私鉄早回りを行いました。

先に第188~190話で富士急行の話題を報告しましたが、今回はその続きとなります。富士急行まではなんとか天気はもちましたが、松本に来ていよいよ雨となりました。

 

1.モハ10形 (新村:1986年8月)

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 当時の松本電鉄はまだ、アルピコでもハイランド・・・でもなく、地味なローカル私鉄でした。私はこの時初めて松本電鉄を訪問しましたが、なかなか出向けなかった理由は、車両が日車の地方私鉄標準車体に統一されていたので、正直つまらないと思っていたからです。しかし、その標準型電車も近々東急の5000形に置き替わるとの情報があり、松本まで足を延ばしました。

 

2.モハ10形2連 (渚:1986年8月)

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松本電鉄の電車は、モハ10形が6両、クハ10形が1両在籍しました。これらの車両は1958年~1964年にかけてそれまで在籍していた雑多な木造電車を鋼体化するために、車体を新製した日本車輌製の地方私鉄標準車体に載せ替えたもので、全車同じ車体だったので、見分けも付きません。新潟交通が導入した日本車輌製の地方私鉄標準車体とも共通しますが、こちらは貫通タイプの両運車でした。

 

3.モハ10形2連 (渚:1986年8月)

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 しかし、在籍する電車がみな同じ車体なので変化に乏しく面白くありません。ただ救いは、均整のとれた車体によくマッチした塗装でした。

 

4.モハ10形2連 (信濃荒井~渚:1986年8月)

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 この路線は上高地線と言う名前がついていました。

これは、この路線が上高地への交通手段であることを意味しています。特に夏場は上高地北アルプスに向かう登山客が新宿や名古屋から夜行列車で夜中に松本に到着するので、その足として早朝に登山客用の列車を走らせていました。また、昭和40年代には、名古屋から来る国鉄気動車急行が、新島々まで乗り入れていた時期があったそうです。

 

5.モハ10形2連 (波田~渕東:1986年8月)

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この頃もまだ、早朝の連絡列車を走らせていましたが、新島々から先はバスに乗り換えとなるので、なにも松本電鉄に乗らなくても、松本から直接バスに乗れば良いわけですが、そこは当時の松本電鉄が電車とバスを運営していたので、ごもっともなやり方だったわけです。 

 

6.モハ10形2連 (波田~渕東:1986年8月)

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 この日はあいにくの雨天になりましたが、幸い車だったので撮影を継続しました。