ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第402話 1990年下津井:脱皮できなかった末路

下津井電鉄は1990年12月末に廃止されました。もう30年も経ちますが、つい最近のように思えます。廃止された以降も車両は下津井構内に保管されていましが、2017年にクハ24が系列のホテルに引き取られホテルの施設に活用されているそうですが、残された相棒のモハ103がちょっとかわいそうです。

私は下津井電鉄の最終日には立ち会うことができませんでしたが、1990年には8月と11月に下津井を訪問しました。今回はその時の話題です。

 

1.モハ1001、クハ24+モハ103 (下津井:1990年8月)

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 まずは、8月の様子です。この時は観光旅行で金毘羅さんに行く途中でした。児島から下津井電鉄に乗って、下津井から丸亀航路で四国に渡る行程でしたが、既に瀬戸大橋は開通しており、なにもこんな遠回りしなくてもよいのにと思われるでしょうが、これは私が下津井電鉄の状況を確認したくて仕組んだ行程で、同行者は何も知らず結構楽しんでいました。この日乗車したのはまだ新車のメリーベル号でしたが、3連のはずが2連で運転されていました。しかしながら、フェリーから見上げる瀬戸大橋は迫力があり、今となっては下津井~丸亀航路の利用は大正解でした。

 さて本題ですが、この頃下津井電鉄は瀬戸大橋開通にあやかり、観光鉄道への脱皮を図っていました。下津井構内には遊覧列車やフラワーパークが開設され、目玉は新車のメリーベル号の導入です。ただ知名度が低すぎて集客にはつながらず「脱皮できなかった末路」は廃止でした。

 

2.モハ102廃車体 (下津井:1990年8月)

f:id:kk-kiyo:20191116161825j:plain前回訪問の1985年からの車両の変動ですが、3連であるメリーベル号が1988年に導入され、代わりに3連のモハ102+サハ2+クハ22が1990年に廃車されました。 写真はこの時撮ったモハ102ですが、先頭台車とパンタがなく、解体途中?の様で、すでにクハ22とサハ2の姿はありませんでした。

 

3.クハ5保存車 (下津井:1990年8月)

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当時の下津井構内には、廃車になった車両がガラス張り?の屋根付きの建物の中に保存されていました。もともと露天に野ざらし状態だったので、屋根付きとなり一安心です。しかし、廃止を目前に、これらの保存車たちの行く末が心配でした。 

 

4.クハ5保存車 (下津井:1990年8月)

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この車両は、下津井電鉄オリジナルの元ガソリンカーを前身とするクハです。同型車が同じ岡山県の系列のドライブインにも保存されていますが、昭和初期の日本車輌製ガソリン・ボギー車の遺産として貴重な存在です。廃止後この車両はこの場所で非公開保管となりましたが、とりあえずは現存します。 

 

5.元井笠ホジ3保存車 (下津井:1990年8月)

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 さて、言わずもがなの元井笠鉄道のホジ3です。なぜこんなところにいるのかは、第169話で説明しましたが、これほど廃車時の原型を維持していた車両は、本家の井笠鉄道にもありませんでした。

 

6.元井笠ホジ3保存車 (下津井:1990年8月)

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このホジ3も下津井電鉄の計らいで現在も無事に保管されています。

当時は井笠鉄道に返還して、井笠鉄道で保存して欲しかったのですが、ご存知の通り井笠鉄道は残ったバス事業が破綻してしまい現在は存在しません。井笠の鉄道記念館は辛うじて笠岡市が引き継いでいますが、この車両も井笠に戻っていたらどうなっていたかわかりません。 

 

7.ホワ6保存車 (下津井:1990年11月)

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 ホワ6はボロボロですが、これも貴重な軽便のボギー有蓋貨車です。木造車体やバファーリンク式の連結器など、軽便鉄道の車両であることを物語っています。昔はこの貨車をガソリン動車改造の電車が牽引していました。