ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第462話 1988年鹿島:懲りない気動車三昧

今回は新潟の長期出張を終えて、東京に戻って最初に訪問した1988年4月の鹿島鉄道の話題です。社会人になっても、気動車三昧は続きます。

1987年3月末に筑波鉄道が廃止となり、もしかしたら筑波の車両が鹿島になだれ込んで来るのではないかと心配していましたが、その心配もなくなりました。
よって、鹿島は体制に影響はなく坦々と走り続けていました。

 

1.DD13367、キハ713他 (石岡:1988年4月)

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 まずはいつもの様に、石岡機関区訪問です。

見慣れた湘南顔や焦げ茶色のDD13も日光浴をしていました。

 

2.キハ711、キハ602他 (石岡:1988年4月)

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 もし、筑波から車両が転属してきたら、恐らくここに写っている車両達はここにいなかったと思いますが、無事で何よりです。

 

3.キハ602 (石岡:1988年4月)

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 ところで、鹿島鉄道には前年の6月にも訪問していましたが、その際と少し変化がありました。

それは、キハ600形が非貫通化されたことです。とは言っても、貫通扉を埋めただけで前面の形状や窓配置は変わらず、見過ごしてしまうほどの変化でしたが、ワンマン化もされていました。

 

4.キハ602 (石岡:1988年4月)

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 ここでなぜ、非貫通化されたのか疑問です。どう考えても、生い先短い最古の車両をいじってどうするのか?よほど貫通扉の隙間風がひどかったのか?当時は理解に苦しみましたが、この車両は、生い先が短いどころか、このあと冷房化されて、まだまだこの先2007年の路線廃止まで18年間も使用されます。

 

5.キハ715+キハ714 (石岡:1988年4月)

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 夕張兄弟も元気でした。しかし、この元夕張車と元芦別車はワンマン化から外されていました。もっとも、ワンマンカーは日中走る列車だけで、ラッシュ時の連結運転用のキハ710形までワンマン化する必要性がなかったようです。そして、キハ710形はドア配置がワンマン向きではありませんでした。

 

6.DD13367他 (石岡:1988年4月)

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 えッ? DD13367(注1)・・・・・この時は、うっかり気が付きませんでしたが、この機関車は新顔でした。何とこの年の1月に増備されたばかりの機関車で、元国鉄のDD13367で車号もそのままです。この車両の導入でDD901がこの3月に廃車となりました。この機関車の導入により、鹿島鉄道の機関車は3両すべてDD13タイプとなりましたが、残念なことにすべて非総括制御だったので、重連時は各車に運転士さんが乗って協調運転をしていました。

(注1)DD13367の車歴

・鹿島DD13367←国鉄DD13367:1963年汽車会社製