ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第514話 1989年栗原:親会社のパワー(その2)

この日の細倉は、なかなかスッキリしない天気でしたが、久々に細倉鉱山跡が見渡せる細倉駅の裏山に登ってみました。

 

1.M151 (細倉:1989年5月)

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眼下には、細倉駅に停車中のM151が見えました。 この細倉駅の周りは何もありませんでしたが、細倉駅は結構大きく、無人駅になってしまいましたが、構内は往年の貨物ヤードが残っていました。

 

2.細倉鉱山俯瞰 (細倉:1989年5月)

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山頂から見た細倉鉱山跡の全景です。閉山から2年経ちましたが、写真の右側には山の斜面に鉱山施設が見られます。この一帯は公害の影響か、山肌が露出しており、鉱山独特の光景です。 そして、写真の中央には採掘で発生した残土で出来た台地も見られます。細倉駅から先に延びる貨物線は、残土の台地の麓に沿って勾配を上り、細倉鉱山へ向かっていました。すでに貨物線は使用されていませんでしたが、この時点では、まだ線路は撤去されずに残っていました。この翌年には、細倉鉱山の坑道を利用した細倉マインパークが開業しましたが、その際に栗原電鉄の細倉駅は、貨物線を復活させて160m程鉱山寄りに移転し、細倉マインパーク前駅になりました。

 

3.M151 (駒場~細倉:1989年5月)

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細倉を出発した電車が、山のすぐ下を通過して行きます。まるでジオラマを見ている様です。 

 

4.M151 (細倉~駒場:1989年5月)

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 この時期、細倉一帯は山桜が満開で春爛漫でした。霧が晴れてきたので、山を下りて勾配区間で撮影を続けることにしました。

 

5.M153 (駒場~細倉:1989年5月)

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この日はM151とM153が運用に入っていました。この辺りは、貨物列車の難所でした。華奢なED200形は勾配対策で貨物の編成を分割して対処していたとか。

 

6.M153 (駒場~細倉:1989年5月)

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当時のローカル私鉄は、大手私鉄の中古車を導入して車両の体質改善を進めていた頃です。栗原電鉄も輸送需要が維持できていれば、そうなっていたかも知れません。しかし、乗客は減ってしまい、それどころではありません。もう2連は走りませんし、少し大型のM181もほとんど走っていない様です。M15形が3両在籍していましたが、幸いこの3両は元気で、3両あれば十分といったところでした。