ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

号外2021.04.30:緊急事態宣言の余波

まさか、今年のGWも自粛になるとは思ってもいませんでした。

旅行にも行けず、外食もできず・・・これからの連休をどう過ごせばよいのか。そんなわけで、何か読書でもしようと思い、連休前に神保町の書店に向かいました。

しかし、その結果が・・・・

f:id:kk-kiyo:20210429114315j:plain

これを買ってしまいました。

誘惑に負けてしまいました。想定外の出費に、お小遣いはスッカラカンです。しかし、この3冊はどれも外せません。なぜなら・・・

 

1.RM LIBRARY 251 江若鉄道(上):琵琶湖西岸の気動車大国

ようやく、このシリーズ待望の江若鉄道が出ました。江若鉄道は、私の鉄道趣味の原点です。実際に乗ったのは幼少の頃なので記憶も曖昧ですが、廃止後に各地に移籍した気動車を追い求めた記録を当ブログでもお伝えしています。

f:id:kk-kiyo:20210429153906j:plain

ちなみに、この写真は当ブログの第19話でもご紹介した岡山臨港鉄道キハ5002ですが、これは元江若キニ13です。この車両の江若時代の雄姿が、この上巻の1ページ目を飾っています。私の様な気動車バカに、この本は垂涎の一冊です。下巻が楽しみです。

 

2.北海道の殖民軌道:聞き書き

私のバイブルの一冊である、湯口徹さんの「簡易軌道見聞録」には、風連線の馬車軌道の記事が掲載されていました。昭和30年代まで馬が機関車代わりに使用されていたと言う事実に驚愕し、それ以来殖民軌道の魅力にはまってしまい、学生時代には道東をさまよったこともありました。しかし、時すでに遅く、馬車軌道はおろか、気動車化された簡易軌道すら跡形もなく、途方に暮れた記憶があります。

f:id:kk-kiyo:20210429163508j:plain

 当時は、まだネット社会ではなく、とにかく行って見ないと実態がわからない時代でした。この写真は1985年に浜中町営軌道の保存車を撮影したものです。この写真も噂話を頼りに出向いた時のものですが、この様にいつも遺構が残っているとは限りません。

その当時に、この「北海道の殖民軌道」の様な本があれば、さまよい方も違ったと思います。しかしながら、この本は凄いです。資料もない過去の事実を、わざわざ現地に出向いて聞き取りを行い、まとめられたものです。著者の今井啓輔さんには頭が下がります。この本を熟読して、道東をさまよった頃の気分に浸りたいと思います。

 

3.立山砂防軌道:驚愕の42段スイッチバック

私が立山砂防軌道に興味を持ったのは、レールマガジン別冊のBEST・トロッコでした。そこに掲載された素晴らしいカラー写真に魅了され、いつしか私も立山参りを始めていました。私の場合、立山参りは1980年代後半から1990年代ですが、まだ緩かった時代の立山砂防をギリギリ体験できた佳き時代でした。

f:id:kk-kiyo:20210429163529j:plain

その頃、実は私も列車に乗せてもらいました。これがその時の写真です。なんと廃材と一緒にトロッコの荷台に・・・。現在は指定された体験乗車以外は絶対に乗せてもらえません。繰り返しになりますが、当時はまだ緩かった時代です。

そして、「BEST・トロッコ」から36年。再び素晴らしい本が登場しました。それが青森恒憲さんの「立山砂防軌道」です。この本の巻末には、以下の記述があります。

「が、この先、昔のように心躍らせて立山に向かうことはもうないだろうと思っている。なぜだろう・・・それは自分が知っている素晴らしい時代のイメージを壊したくないから・・・なのかも知れない。あの頃の立山砂防軌道を永遠に残しておきたい。」

たしかに、青森恒憲さんが通われていた頃の立山砂防は、私の頃よりもはるかに素晴らしい時代だったと思います。この本を見て、つくづくそう思いました。そして、その素晴らしい情景の片鱗を垣間見ることが出来た一人として、僭越ではありますが、私もこの思いを共有させて頂きたいと思います。

 

さて、小遣いを叩いて、GWをやり過ごすネタは確保できました。これから、この3冊の熟読に入ります。

そして、今我々の使命は、コロナに感染しないこと、感染を増やさないことに精一杯努めることです。しっかり自粛しましょう。