ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第584話 1992年富山地鉄:テレビカー参上!

富山地鉄はどうしても立山砂防とセット訪問になってしまいました。

この日も朝から立山砂防を訪問し、樺平まで往復歩いたので、いい加減疲れ切っていましたが、せっかく富山まで来たのだからと言う貧乏根性で、日没までたっぷり富山地鉄の撮影を堪能しました。

 今回は1992年8月の富山地鉄の話題ですが、新しい?車両が増えていました。

 

1.モハ14791+クハ175 (越中三郷~越中舟橋:1992年8月)

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 暑い日でした。夕陽は日没までしっかり差していましたが、肝心の立山連峰は雲に隠れて全く見えません。最初の列車はモハ14791+クハ175の珍しいコンビでした。カルダン車とは言え、両運+増結クハの凸凹編成は他では見られません。こんなのが走っていたので富山地鉄は愉快です。

 

2.モハ10021+モハ10022 (越中三郷~越中舟橋:1992年8月)

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 見慣れない塗装の車両が現れましたが、車両はいつものモハ10020形です。

このころから新塗装化が始まりました。かなり目立つ塗装ですが、私は従来の雷鳥塗装が一番似合っていると思います。

 

3.モハ10030形2連+モハ14792(越中三郷~越中舟橋:1992年8月)

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 おっと、これまた変な組合せが来ました。しかも変な色の紛れもない元京阪特急です。

この前年に、モハ14710形+クハ10形の置き換えとして、導入された元京阪特急ですが、大増殖していました。しかしながら、京阪特急がまさか富山に現れるとは思っていませんでした。京阪とは軌間も異なり、元々8連だった中間車を抜くとMc+Tcのはずが、いつの間にかMc+Mcに大変身です。どうやら改造は自社の稲荷町工場で実施したそうですが、台車や主要機器はなんと営団3000形の廃車発生品を流用した苦心の作品でした。

それでも、自動転換のクロスシートやテレビ付きの車両は都会的であり、中古車とは言え、観光路線でもある富山地鉄にとっては、この上ない車両が手に入ったのではないでしょうか。

 

4.モハ10025+モハ10026 (越中三郷~越中舟橋:1992年8月)

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 続いてやって来たのは、見慣れたモハ10020形です。

従来塗装でホッとします。やはりこの塗装が一番似合います。

 

5.モハ10025+モハ10026 (越中三郷~越中舟橋:1992年8月)

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 従来塗装はこの時期の稲穂ともよくマッチしています。思わず連写してしまいました。

 

6.モハ10021+モハ10022 (越中三郷~越中舟橋:1992年8月)

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 再び新塗装です。この塗装は何か物足りない感じがします。悪くはありませんが、何となく2色が手抜きのように思えます。しかも黄色と黄緑なので締まりがありません。もう1色、ドギツイ色のラインが欲しいところです。