広電は路面電車博物館と言われるほど、各地の中古路面電車を多数保有していました。この頃は自社発注のオリジナル車両よりも転入車の方が多く、各地の中古車は話題性もあったことから、逆にオリジナル車両が目立たぬ存在でした。特に、500形、550形、350形は戦後の広電スタイルを継承する似たような車両ですが、両数も少なく非常に地味でした。
500形は旧800形に続く新製車でしたが、このシリーズからドア配置が前中2扉の12m車となり、その後の広電オリジナルの原型となりました。1953年にまとめて5両がナニワ工機で製造されました。
2.505 (宇品:1994年2月)
500形は一見全鋼製に見えますが、この車両までが半鋼製です。側窓はHゴム支持の2段窓となりましたが、その後Hゴムはこの写真のように押さえ金に変更され、少し高級ぽくなりました。この押さえ金は宮島線の1050形にも見られましたが、他のHゴム車両には展開されませんでした。
3.505 (宇品~向宇品口:1993年8月)
この当時500形は全車5両が健在でしたが、505のみオリジナル塗装で、その他は奇抜な車体広告車でした。よって、今回は505の写真のみですが、この車両は市内線の全ての系統に運用されたので、505がどこを走っているのか捕まえるのは結構大変でした。その後の500形は502が2001年に廃車され、残りも2003年に廃車となり現存しません。
4.553 (横川一丁目~別院前:1993年12月)
ここからは550形の話題です。
550形は500形に続く新製車です。外観、性能とも500形とほとんど変わりませんが、このシリーズから全鋼製となりました。
5.553 (宇品:1994年2月)
しかし、550形は第387話でお伝えした通り大変残念な車両でした。高性能車の先駆けとして試作された551はまさに黎明期の軽快電車でした。しかしながら、不発に終わり気が付けば500形の増備車レベルになってしまいました。
6.553 (江波:1994年7月)
それでも550形には500形とは違うプライドがありました。それはこの車両が宮島線直通用としての認可車両だからです。この当時もう実現の可能性は皆無でしたが、宮島線直通を夢見てパンタグラフが誇らしげでした。
7.553 (江波:1994年7月)
この当時、550形は4両在籍していました。(552は1977年に焼損廃車)しかし、なぜか553しか見かけませんでした。幸い553はオリジナル塗装でしたが、他の3両はどうなのか安否不明でした。
現在、550形は現存しません。553,554は2006年に廃車解体され、551は保管されましたが2013年に解体となり、LRVの試験目的?でMHIに譲渡された555も今年解体されたとのことです。他社からの移籍車が1形式1両は残されている現在、広電オリジナルの500形、550形がどちらか1両も残らなかったのが残念です。