ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第655話 1992年京福(越前):元気だった頃(その6)

今回は京福電鉄福井支社の盲腸線だった永平寺線です。

永平寺線は元々永平寺鉄道と言う、北陸本線の金津から永平寺までの私鉄でしたが、合併により京福電鉄の一員となりました。しかし、モーターリゼーションの影響で金津~東古市間が1969年の廃止され、なぜか東古市~永平寺間の盲腸線6.2kmが残りました。

 

1.モハ2116 (諏訪間~東古市:1992年11月)

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 御存知の通り、永平寺線はあの永平寺への参拝客輸送に開通した経緯があり、京福電鉄としてもこの盲腸線は観光路線として手放すわけにはいかなかったものと思います。しかし、永平寺線の実態は超ローカル線でした。もっとも福井から永平寺に行くのに普通はバスでしょう。電車を利用する人がどのくらいいたのか?

 

2.モハ2116 (諏訪間~東古市:1992年11月)

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 永平寺線の運用は通常1両の電車が1時間おきに東古市~永平寺間をピストン運行していました。多客期には福井から永平寺に直通する列車も走っていましたが、あまり印象がありません。

 

3.京善駅全景 (京善:1992年11月)

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 さて、この日は昼頃から永平寺線に入りました。ここは永平寺線のほぼ中間にあった京善駅です。この路線は短い盲腸線ですが、中間駅は京善の他に諏訪間と市野々がありました。いずれも単線の無人駅ですが、この路線はかなり急勾配です。

 

4.モハ2116 (諏訪間~東古市:1992年11月)

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 最初の撮影は、諏訪間の周辺で行いましたが、車両はモハ2116です。この日の永平寺線はモハ2116しか走りません。

 

5.モハ2116 (京善~諏訪間:1992年11月)

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 諏訪間~京善間は道路から離れた田圃の中を走ります。すでに田圃は稲が刈られて冬支度も終わっていますが、線路の周りは除草もされずススキが鬱蒼と茂っています。

 

6.モハ2116 (京善~諏訪間:1992年11月)

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 この日は、このあと福井鉄道を訪問するため永平寺線はここで撤収です。

初めて越前本線と永平寺線のまともな撮影を行いましたが、やはり2日間では足りません。なにより車両がイマイチでした。本当はモハ251形も走っているはずですが、この2日間は見ることも出来ませんでした。おそらく三国芦原線の方で走っていたのかも知れません。次回はモハ251形を求めて1994年のGWに再訪問します。