ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第680話 1992年箱根登山:輸送力限界の頃(その3)

今回は箱根登山鉄道の沿線撮影についてです。これまでの写真を見て頂くとお分かりかと思いますが、撮影ポイントはほとんどありません。要は開けた場所がほとんどなく、どうしても列車のアップ写真になってしまうので、どこなのかさっぱりわからず、どこで撮っても同じ様な写真です。せいぜい駅やスイッチバックのある信号所くらいですが、現在は信号所には立ち入れないと思います。

 

1.モハ114+モハ3形 (上大平台信号所:1992年4月)

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 当時はこの上大平台信号所が手頃な撮影ポイントでした。ここはスイッチバックとなっており、乗務員さんが前後車両を移動するため駅の様に相対式のプラットホームが設置されていますが、信号所なので客扱いはしないため、車両のドアは開きません。

 

2.クモハ2002+クモハ2001 (上大平台信号所:1992年4月)

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この信号所では、列車交換もあるため線路は複線となっています。望遠レンズがあれば、信号所から上下線を走行する列車を連続して撮影できるので効率が様です。
 

3.モハ106+モハ104 (上大平台信号所~大平台:1992年4月)

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 上大平台信号所から強羅方面に登ると、鬱蒼とした山の中に入ります。ここから先はどこで撮っても同じような写真になってしまいますが、この辺りは線路脇にアジサイが自生しており、梅雨時は絵になる風景となります。

 

4.モハ106+モハ104 (上大平台信号所~大平台:1992年4月)

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当然ですが 線路は歩行禁止です。これらの写真は踏切から望遠で撮影したものです。

 

5.モハ108+モハ2形 (上大平台信号所~仙人台信号所:1992年4月)

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 更に先に進むと、線路をオーバーパスする道路橋があります。あまり眺望は良くありませんが、新緑の中を走る列車が撮影できました。

 

6.モハ109 (入生田:1992年4月)

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 この日は帰りに入生田車庫に寄りました。この日、貨物電車のム1は庫内にいたので撮影できませんでしたが、ム1はこの年の9月に廃車されました。

 モハ109が良い場所に出ていました。この電車は木造電車の更新名義であるモハ2形で、カルダン化されていました。

 

7.モハ109 (入生田:1992年4月)

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 箱根登山鉄道の旧型車はその後もなんだかんだ生き残りました。よって撮影に出向くこともなく月日が流れましたが、プライベートの温泉旅行で何度か利用しています。2016年に箱根に行ったときには、まだモハ1形モハ2形は健在でした。そして現在もモハ104、106、109が生き残っているようですが、とうとう最後の1編成になりました。この特異な電車を1両でも記念物にしてあげたいですね。