ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第795話 1992年近鉄(北勢):ナローゲージの春(その4)

新緑が眩しい五月晴れとなりました。楚原を過ぎて眼鏡橋まで歩いてきました。ここは雄大鈴鹿の山脈を背景に撮影できる場所です。見通しの良い築堤なので、現在でも撮影ポイントとしては申し分ありません。しかし、この頃は最寄りに上笠田という駅がありましたが、現在は駅が廃止されてしまい、撮影に出向くには、車がなければ楚原から歩くしかありません。

 

1.モ222+ク221+モ224+ク223 (楚原~上笠田:1992年5月)

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そろそろ列車がやってくる時間です。先ずは試し撮りのつもりで適当に構えていたら、 やって来たのは4連の220系でした。実は、この列車のもう1本後が220系かと思っていたので陽の向きを考えておらず、写真はまさかの側面真っ黒。太陽は列車の真正面です。大失敗でした。貴重なチャンスなのに、もったいないことをしましたが、この電車は阿下喜行きなので、また戻って来ます。

 

2.モ222+ク221+モ224+ク223 (楚原~上笠田:1992年5月)

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 しばらく築堤でボーッと田植えを眺めていました。多少陽の向きが変わった頃、西桑名行きの220系が戻って来ました。5月は陽が高く、すでにトップライト気味でしたが、田植えの光景が何とものどかです。

 

3.モ222+ク221+モ224+ク223 (楚原~上笠田:1992年5月)

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 220系は非常にゆっくりと眼鏡橋を登ってきました。言わずもがなの連写攻撃です。もう少し、列車の側面に陽が当たると良いのですが、この時期のこの時間帯は、これが精一杯です。まあ良しとしましょう。

 

4.モ222+ク221+モ224+ク223 (楚原~上笠田:1992年5月)

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 この時間帯に220系が走っているということは、恐らく終日運行の様です。よって、この日は一日、220系を追い掛けることになりました。

 

5.ク134+サ135+モ273 (楚原~上笠田:1992年5月)

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 220系は楚原で列車交換なので、すぐに阿下喜行きが来ました。今度は220系のかつての相棒だったク134+サ135を従えた3連です。この秋以降は、この様な3連固定編成が北勢線のスタイルになります。

 

6.ク134+サ135+モ273 (楚原~上笠田:1992年5月)

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 ようやく雲が上がり、藤原岳がしっかりと見える様になりました。この日の続きは、すでにお伝えした、第632話「レンゲ草の花咲く頃」に続きます。

さて、現在の北勢線三岐鉄道の路線となり、もう220系はいませんが、その他の車両は三岐カラーとなり健在です。ちょうど今頃の季節は田植えが終わり、今回の写真の様な光景が展開しているはずです。