ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

号外2023.01.01:令和5年

明けましておめでとうございます。

令和5年となりました。私事で恐縮ですが、今年はとうとう還暦を迎えます。これからの生き方を真面目に考えなければなりませんが、とりあえずブログはまだ続きますので、これからも宜しくお願い致します。

さて、ここ数年、新年の号外は都電乙2の修復にスポットを当てていましたが、その後の乙2は、順調に修復が進んでおり、間もなく完成と言ったところです。昨年は乙2の修復作業を追って、時々状況確認を行っていましたが、その様子は修復作業が完了したらまとめてご報告致します。

よって、今回は乙2のネタではありません。年の瀬に、いつものママチャリの射程圏外へ足を延ばしましたので、新年早々ちょっとマイナーなネタをお伝えします。

 

1.元川崎市電702 

まずは、ずーっと気になっていたこれです。川崎には市電が走っていました。この写真が証拠です。川崎市電の唯一の保存車である702です。何はともあれ、よくぞ残っていたものです。

しかし、川崎市電はわずか25年間の運行であり、廃止はもう54年も前の1969年なので、その存在を知る人は少なく、若い人は知らなくても当然です。

 

2.元川崎市電702

川崎市電の開業は戦時中の1944年でした。昨今のLRT路線を除けば、日本で一番若い新規開業の路面電車でしたが、単なる路面電車ではありませんでした。今では考えられませんが、一時期、塩浜まで路線があった頃、国鉄の貨物線と共用する3線軌条区間があり、国鉄の貨物列車と路面電車が日中も同じ線路を走っていたそうです。その頃の様子は、関田克孝さん、宮田道一さんがRM LIBRARY 43に、川崎市電の運行されていた25年間の貴重な記録を執筆されています。

 

3.元川崎市電702

ここは、川崎市の桜川公園の一角です。JR浜川崎から1.5㎞ほどの場所ですが、川崎駅からバスが便利です。でも、なぜここに保存されたのか?こんな所に川崎市電が保存されていることなど、恐らく川崎市民ですらほとんど知られていないのでは?。この公園近くに桜本と言うバス停がありますが、川崎市電が最初に開通したのが川崎駅前~桜本間だったので、その絡みなのかも知れません。

 

4.元川崎市電702

この電車の経歴が掲げてありましたが・・・・なにやら、お金のことばかり書かれており、この電車の仕様や特徴、保存された経緯はさっぱり不明です。・・・で、文献によれば、702は1954年東洋工機製の間接自動制御車で3両製造されました。写真の経歴にも書いてある通り、木造車の200形の鋼体化名義なので、前身であるの206の車歴を引継いでいますが、さらに遡れば、この電車は1922年日本鉄道自動車製の都電1573です。702の当初はドア配置が前中2扉で屋根上に換気ドームを載せたPCCカー風のスタイルでした。その後ドア配置を前後2扉とし、換気ドームを外したため、先輩である600形の様な平凡なスタイルとなり、現在に至ります。

 

5.元川崎市電702

ところで、この電車は手厚く保存され、以前は建物の中に展示されており、まともな写真も撮れない状況でしたが、2001年頃にどういうわけか建物が撤去されて、露天展示となりました。その後、幸い屋根が付いたので一安心ですが、最近はちょっとくたびれて来た感じです。現在まで良好な状態を維持できたのは、屋内保存の期間が長かったからなのかも知れません。これからが正念場と思いますが、川崎市電の貴重な1両をいつまでも守って頂きたいです。

 

6.元横浜市電1156

そして、今度は磯子へ・・・・。ここは磯子と上大岡の中間あたりにある起伏の激しい山中です。ここにも路面電車が保存されています。この電車は、一時期荒廃が酷く、2010年頃にあわや解体撤去となるところでしたが、ボランティアによって見事に蘇り、現在に至ります。

 

7.元横浜市電1156

この電車の正体は、横浜市港南区久良岐公園内に保存された元横浜市電1156です。昨年8月に奇麗に再整備されたばかりです。ところで、横浜市電と言えば、滝頭に立派な市電保存館があり、多数の貴重な元横浜市電が保存展示されていますが、なぜ、この電車だけがこんな山中に・・・横浜市の予算の都合で保存館に入れなかったのか?まあ、保存館の車両はどれも外し難いものばかりなので、苦渋の選択だったのかも知れません。

 

8.元横浜市電1156

さて、この電車の存在を知ったのは昨年の再整備の報道がきっかけだったわけですが、実は34年ほど前に、私はこの公園から徒歩10分ほどの場所にあった会社の寮に住んでいました。ところが、この電車の存在を全く知りませんでした。お恥ずかしい話ですが「灯台下暗し」とは、このことです。

 

9.元横浜市電1156

昔の記憶を辿って磯子駅からここまで歩きました。強烈な坂道を登り、バブルの産物だった、かつての磯子プリンスホテルの脇を通り、息も切れ切れ約30分の道程です。もう会社の寮はありませんが、コイツは残っていました。

 

10.元横浜市電1156

電車は柵の中にあるので、柵の隙間から撮ると、どうしても広角になってしまいます。でも、なかなかカッコイイ電車です。この電車は写真が撮りやすく大変結構なことですが、保存館の電車たちを鑑みると、屋根くらいは欲しいところです。

 

11.元横浜市電1156車両竣工図

以前に横浜市交のOBの方から頂いた1150形の竣工図(コピー)が手元にありましたので掲載させて頂きます。適宜、拡大してご覧ください。

1150形は1952年に、宇都宮車輌とナニワ工機で10両製造されましたが、やはり過去の車両名義を引きずっていました。竣工図と一緒に頂いた、昭和35年横浜市交作成の「車両(車体)推移表」によれば、1156の車歴は以下の通りです。

横浜市1156:1952年ナニワ工機製←横浜市820:1947年木南車輌製←横浜市362:1925年日本車輌

 

新年早々、また路面電車の保存車両ネタになってしまいました。本来、活きたローカル線の話題をお伝えしたいのですが、最近は歳のせいか行動力が伴いません。もうすぐ自由人になるので、徐々に行動範囲を広げたいと思います。今年も当ブログを宜しくお願い致します。