ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1010話 1995年栗原:電車をやめる頃

細倉鉱山の閉山で運ぶものがなくなってしまった栗原電鉄は、本来であれば廃止になってもおかしくないはずでしたが、親会社の恩恵で一命を取り留め、第3セクター化という裏技で生き延びる術を見いだし、1993年12月に新体制となりました。しかしその後、経費節減のため非電化されることとなり、1995年4月から社名も新たに「くりはら田園鉄道」となり、新装開店しました。今回は、その年の3月下旬に電車の最後の活躍を見に行った時の様子です。

 

1.ED351(廃車) (石越:1995年3月)

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この日は、リッチに東北新幹線で日帰り行程でした。とりあえず、始発の「やまびこ」に乗って、石越に着いたのは10時頃でした。さっそく目に入ったのは、枕木に囲まれたED351でした。

 

2.ED351(廃車) (石越:1995年3月)

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ED351は、かつて東武日光軌道線で活躍していた、珍しい路面電車の機関車です。すでに引退しており個人に売却されていましたが、なかなか輸送されないまま放置状態が続いていました。

 

3.ED351(廃車) (石越:1995年3月)

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このまま朽ち果ててしまうのかと思っていましたが、その後、無事に引き取られて、現在は生まれ故郷の日光市内でしっかり保存展示されています。

 

4.M183他 (若柳:1995年3月)

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さて、この日は電車の最後の活躍を見に来たわけですが、先ずは若柳の車庫へ、撮影しながら歩いて向かいました。若柳には初めてお目にかかるM183がいました。この電車は元福島交通モハ5319です。昇圧された福島交通から1991年に同僚のモハ5318と共にお払い箱となってやってきた期待の若手でしたが、こんどは非電化となりあっけなく幕引きです。

 

5.C171+M171(廃車)、モーターカー (若柳:1995年3月)

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車庫内には、とっくの昔に引退した元西武電車もいました。M182,183が導入されたので、融通の利かないこの2連は、どうみても残している理由がわかりませんが、解体するにも費用が掛かります。

 

6.M181他 (若柳:1995年3月)

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困った色のM181がいました。この電車は18m車なので、デカ過ぎて運用機会が減っていましたが、M182,183の導入により、全く運用する機会がなくなってしまった様です。「イベント・カラオケ号」とは?。とうとうプライドを捨ててカラオケボックスになってしまったのか?

 

7.M151+C151 (若柳:1995年3月)

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そして、お馴染みの電車です。栗原電鉄生え抜きのこの電車も、いよいよ引退です。