ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1162話 1995年新潟交通:日車標準タイプの牙城(その2)

東関屋の車庫を訪問した後に、信濃川の関屋分水でラッシュ時の列車を撮影しました。路線短縮後は、列車を撮影する場所がかなり限定されました。2連をしっかり撮影するとなれば、この関屋分水の橋梁がベストです。

 

1.モハ14+クハ46 (東関屋~東青山:1995年9月)

しかし、ロケーションは決して宜しくありません。大きなマンションをバックにこんな写真しか撮れません。

 

2.モハ14+クハ46 (東関屋~東青山:1995年9月)

少し引いて、撮るとこんな感じです。よく見ると貴重なクハ46を連結した2連です。クハはいつも月潟寄りに連結されるので、朝は逆行で顔が撮れません。そして、順光となる夕方はほとんど走る機会がなく、なかなか顔が拝めません。

 

3.モハ14+クハ46 (東関屋~東青山:1995年9月)

東関屋を折り返して、MT編成が白根に向かいました。逆方向はガラガラですが、まだラッシュは続く様でした。

 

4.モハ12 (東関屋~東青山:1995年9月)

車体広告がないモハ12が来ました。モハはどの電車も車体広告が入っているので、撮影意欲を減退させますが、この電車は気合が入ります。

 

5.モハ12 (東関屋~東青山:1995年9月)

先程のクハ46をこの電車に連結して欲しかったですが、毎度のごとく思うようになりません。

 

6.モハ2230+モハ2229 (東関屋~東青山:1995年9月)

小田急が来ました。かなり混んでいる様です。これだけ混んでいると、東関屋から乗り換えるバスも相当混み合いそうです。せっかくの鉄道ですが、このまま市街地まで乗って行けないことが非常に残念です。

 

7.モハ2230+モハ2229 (東関屋~東青山:1995年9月)

朝の3連がなくなった以降、この電車は新潟交通の最大輸送力となりました。唯一のカルダン車であり、小田急塗装です。元は小田急2200系ですが、写真のモハ2230は前面の貫通扉を埋めてしまったので、オリジナルではありません。かつて、この小田急電車は東関屋~白山前の路面区間を走っていましたが、もう過去の話しです。その様子は第461話をご覧下さい。