ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1194話 1995年南海(汐見橋):やっと新性能化完了(その2)

南海電鉄1521系は、この年の7月に大半が廃車され、そのすべてが弘南鉄道に譲渡されました。正直、弘南鉄道はこの車両を購入してどうするつもりなのか不可解でしたが、結局、使いこなせなかったのか、再び元東急7000系のみの所帯に戻ってしまいました。

 

1.クハ3903+モハ1528 (岸里玉出:1995年8月)

弘南には行かず最後まで残った1521系は下記の通りですが、クハ3907+モハ1531とモハ1526以外の3本は汐見橋線に配属されて最後を迎えました。

<晩年に残った1521系>

・クハ3901+モハ1521  ・クハ3903+モハ1528

・クハ3905+モハ1529  ・クハ3907+モハ1531  ・モハ1526

※モハ1526、モハ1528は両運車

 

2.クハ3905+モハ1529 (岸里玉出:1995年8月)

汐見橋線の新性能化は、この撮影の数日後の8月24日でした。この1521系が汐見橋線に配属となる1985年以前は6000系の2連が運用されていたので、正確には新性能復帰と言うことですが、南海電鉄としてはまさに新性能化達成でした。

 

3.モハ22004+モハ22003 (木津川:1995年9月)

そして、新性能化後の汐見橋線を覗きに行きました。山を下りた貫通ズームカーがうれしいアオ虫塗装で活躍していました。

 

4.モハ22003+モハ22004 (木津川:1995年9月)

22000系は17m2扉車です。大都会のローカル線には、この程度の車両がちょうど良さそうです。しかしながら、この電車も1521系と似たような老け顔をしています。血筋は争えません。

 

5.モハ22004+モハ22003 (岸里玉出:1995年9月)

22000系はMM編成です。しかも由緒あるズームカーです。汐見橋線にはもったいない肩書の車両ですが、これは暫定配置でした。この頃、22000系は支線様に加速を下げ、弱め界磁機能を外すなどの2200系化を進めていました。

 

6.モハ2282+モハ2232 (岸里玉出:1995年9月)

当然ですが、汐見橋線にも2200系は充当されていました。これがその後の汐見橋線の顔になりました。

さて、1521系の淘汰で南海電鉄は、やっと新性能化完了となりましたが、その後の汐見橋線はどうかと言えば、鳴かず飛ばずのローカル線です。なにやら、新たな関空アクセスの計画で、汐見橋線を活用して南海電車の梅田進出の噂もありましたが、いかがなものか?。まさか、和歌山港線のごとく、線内全駅通過の特急しか走らない路線にならないことを祈るばかりです。