ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1460話 1994年野上:あと10日!!(その3)

新たな撮影ポイントを求めて、こんどは重根駅が俯瞰できる場所に登りました。そこは重根駅から見ると、登山口方面の線路のちょうど真正面の山で、送電鉄塔のたもとでした。

 

1.2連同士の列車交換 (重根:1994年3月)

ここは以前から気になっていた場所でした。実際に登ってみると、重根駅での列車交換が良く見える場所でした。時間的に、ここも陽の向きがイマイチですが、ちょうど2連同士の列車交換を撮影することが出来ました。

 

2.2連同士の列車交換 (重根:1994年3月)

いつも同じ場所ばかりで撮影していましたが、以前からもっといろんな場所を探して撮影するべきでした。

 

3.モハ31+モハ32 (重根~幡川:1994年3月)

さて、昼頃になって山を下りましたが、下界に戻ると結局いつもの重根~幡川間に来てしまいました。ところで、この列車はとても混んでいます。いよいよお祭り騒ぎになって来ました。

 

4.モハ26+モハ25 (重根~幡川:1994年3月)

でも、日方行はすいています。お名残乗車のついでに、皆さん登山口で下車している様です。登山口には多くの人が溜まっているみたいでしたが、登山口には何もありません。次の列車あたりで皆さん大挙して戻って来ると思いますが、大混雑になりそうです。

 

5.モハ32+モハ31 (紀伊野上~動木:1994年3月)

かなりトップライトになってきたので、こんどは野上谷へ移動です。ここではあちこちに陣取ってカメラを構える「撮り鉄」の方々がいました。私もその一人のはずですが、皆さんかなり立派な撮影機材を持ち込んでおり、私なんぞはカメラをぶら下げた、ただの通行人です。

 

6.モハ32+モハ31 (紀伊野上~動木:1994年3月)

毎度のことですが、ここでは望遠撮影となるので、三脚のない私には大変厳しい撮影です。この写真もピンボケです。

 

7.モハ32+モハ31 (紀伊野上~動木:1994年3月)

列車が近づくと、凄まじいモータードライブの連写音が谷間に響きます。そんなに撮ってどうするのか?おそらく列車に架線柱が被った写真が何枚もあるはずです。

・・・で、私はハンドドライブで応戦ですが、連写は3枚が限界。しかもピンボケあり。でも、架線柱だけは注意しています。

第1459話 1994年野上:あと10日!!(その2)

この日は休日だったので大勢の人が野上電車のお名残乗車に集まりました。お陰で休日にもかかわらず、日中も2連が2本走りました。すでに前日から2連はたくさん撮りましたが、この日も飽きもせずに撮影を続けました。

 

1.モハ26+モハ25 (重根~幡川:1994年3月)

2連の撮影場所はある程度限られます。できるだけ前日と被らないように午前中は重根に決めました。重根~幡川間は、前日も夕方に撮影をした場所ですが、午前中は陽の向きが逆なので登山口寄りの列車を順光で撮影できます。

 

2.モハ26+モハ25 (重根~幡川:1994年3月)

この日2本目の2連も昨日と同じモハ25+モハ26でした。この列車は登山口行ですが、混んできた様です。ところで、モハ24はこの日もお休みの様です。モハ24はアーモンドチョコの広告電車のままなので、積極的に撮りたい車両ではありませんが、もう1回くらいは撮影しておきたい車両でした。

 

3.モハ31+モハ32 (重根~幡川:1994年3月)

日中は重根で列車交換となるので、ここでは上下列車を効率よく撮影できます。1本目の2連が登山口から折返して来ました。登山口行の時は、もっと混んでいたはずですが、なぜかすいています。ほとんどの人はどこかで下車したようです。この日は同好者が多い様で、恐らく皆さん沿線撮影をしているのでしょうか。

 

4.モハ31+モハ32 (重根~幡川:1994年3月)

そして、毎度の連写です。これまで、この場所でさんざん同じような写真を撮りましたが、田植えの季節に撮影できなかったのが心残りです。

 

5.モハ25+モハ26 (紀伊阪井~重根:1994年3月)

さて、少しは変わり映えのある写真を撮ろうと、少し歩いて俯瞰写真に挑戦です。ここは重根~紀伊阪井間の小高い山の中腹です。以前にも撮影を行った場所ですが、久々に登ってみました。この写真は、方向的には海南市内方向を撮っています。写真の向こうの方には海南の工場群が少し写っています。

 

6.モハ32+モハ31 (重根~紀伊阪井:1994年3月)

畑の斜面から線路が見えたので撮ってみましたが、この様に樹木が邪魔で2連の撮影は無理がありました。

 

7.モハ31+モハ32 (紀伊阪井~重根:1994年3月)

この山腹をあちこち歩き回りましたが、2連が撮れるのはこの場所しかない様でした。よって、ここでもう1本2連を撮りましたが、陽の向きも中途半端なので、再び移動です。

第1458話 1994年野上:あと10日!!

野上電鉄には、もうどのくらい通ったでしょうか?しかし、月日は着実に流れ、気が付けばあと10日で廃止の運命です。ここからは、最後の悪あがきで撮影に臨みました。

さて、今回の撮影は、第1366話 の続きの月曜日ですが、春分の日なので休日です。通常休日は2連が走りません。しかし、この日はお名残乗車の野次馬が増えて来たので、恐らく2連が走るはずです。

 

1.デ13 (下佐々~登山口:1994年3月)

いつもの様に始発電車に乗り、この日は下佐々で下車しました。最初の撮影は乗って来たデ13の折返しです。曇っているので普段は逆光で撮れない向きの撮影です。

 

2.デ11 (動木~紀伊野上:1994年3月)

さすがに休日なので朝の2連はありません。平日であればこの時間帯は2連が走りますが、この日は2本目もデ11の単行でした。

 

3.デ11 (下佐々~竜光寺前:1994年3月)

前日の様子では、恐らく日中は2連が2本走るので、デ10形の単行は朝の内だけかも知れません。よって、パスはせずにしっかり撮ります。

 

4.モハ27 (動木~紀伊野上:1994年3月)

モハ27がやって来ました。昨日と同じような運用です。しかし、この日は天気がはっきりしません。

 

5.モハ31+モハ32 (紀伊野上:1994年3月)

なかなか晴れないので、紀伊野上で列車交換の撮影を行うことにしました。ところが、やって来たのはモハ30形の2連でした。昨日よりも早く2連が登場しました。

 

6.モハ31+モハ32 (紀伊野上:1994年3月)

この列車は早着の様です。対向列車を待つ間に、ちょっと陽が射しました。せっかくなので、駅表記を入れてもう1枚。

 

7.モハ27,モハ31+モハ32 (紀伊野上:1994年3月)

そして、対向列車のモハ27が到着しました。なかなか渋い元阪神同士の並びが撮れました。しかしながら、この車両たちは、まさかこんな場所で一緒に最後を迎えるとは、まさに「腐れ縁」と言うやつですね。

号外2026.05.06:柴又の人車(その2)

展示されている帝釈人車鉄道のレプリカ客車を見るため「寅さん記念館」に行ってきましたが、レプリカを見るには「寅さん記念館」の入館料500円が必要です。レプリカだけを見るには少々お高い気がしますが、私は「男はつらいよ」の映画が大好きなので、「寅さん」のための500円と思えば高くはありません。

 

1.帝釈人車鉄道のレプリカ客車

そもそもここに来る人のほぼ全員が、「寅さん」の思い出に浸るために来る人達であり、帝釈人車鉄道のレプリカ客車のことなどどうでも良いわけです。だから、入館者は皆、レプリカを通り過ぎると思ったら、そうではありませんでした。このレプリカは乗ることができるので、皆さん順番で乗車して記念写真を撮っていたので、ここで大勢の人が滞留していました。これではじっくりと見ることもできないので、仕方なく「タコ社長」の印刷工場のセットなどを見て時間調整を行い、お昼時となり、誰もいなくなったので、ようやくレプリカの撮影に集中できました。

 

2.帝釈人車鉄道のレプリカ客車

客車の側面を真横から撮ってみました。全長は2m程なので、普通の電車の車体幅にもおよびません。それでも人力車では一人で2名程度しか運べませんが、この客車は10名運べます。

これはレプリカですが、本物は現存しません。帝釈人車鉄道の最盛期には本物は10人乗りが59両、6人乗りが5両在籍したそうです。廃止後に茨城県の笠間人車軌道に30両が売却されたそうです。その後も笠間から宮城県の松山人車軌道へ4両か転じたそうですが、定かではありません。

 

3.帝釈人車鉄道のレプリカ客車

さて、なぜこのレプリカを見に行ったのか、その理由は、ほぼ実物大の人車のサイズを実感してみたかったからです。

 

4.帝釈人車鉄道のレプリカ客車の車内

やはり、乗ってみるのが人車のサイズを一番実感できます。車内はニス塗りでなんとも癒されます。しかし、この車内に10人乗るのはかなり窮屈です。

 

5.帝釈人車鉄道のレプリカ客車の足回り

足回りは、ブレーキ梃が物々しいですが、一応軸ばね付きで軸受はなんとNKS!。もしかしてベアリングなのか?

 

6.帝釈人車鉄道のジオラマ

これは、人車鉄道のジオラマです。サイズは結構デカイですが、ちゃんと走ります。そして、宙に浮いた押夫の足が動きます。実物もこんな感じで10人乗りの客車を押夫が一人で押していたそうですが、平坦な路線とは言え、これは大変です。

 

7.帝釈人車鉄道のジオラマ

この日はレプリカですが、ほぼ原寸大の旅客用人車を見ることができました。炭鉱や鉱山などで見た人車に比べてずいぶん立派です。これはトロッコではなく、ちゃんとした客車でした。

ところで、昨年11月に、このレプリカ客車に体験乗車できるイベントが、「寅さん記念館」横の江戸川河川敷で開催されました。私は行くことができませんでしたが、今後もチャンスがあれば乗りに行きたいと思います。

号外2026.05.05:柴又の人車

正月以来の号外です。今年のGWも出掛けるあてもなく家でゴロゴロしていまして、暇なので先日見て来た帝釈人車鉄道(後の帝釈人車軌道)のレプリカ客車についてお伝えします。なぜ帝釈人車鉄道なのかと申しますと、若い頃に国内の人車鉄道を調べたことがありまして、その頃購入した本が出て来たので読み返していたら、柴又で展示されたレプリカ客車を見たくなったからです。

 

1.帝釈人車鉄道の参考文献

この2冊が今回の参考文献です。右の本を購入したのは1986年頃だったと思います。この本は千葉県在住の佐藤信之さんが執筆されたもので、文庫本サイズですが、千葉県に存在した人車鉄道について詳細なデーターや写真が掲載されており大変興味深い内容です。この中に、「千葉県の人車軌道に影響を与えた」として帝釈人車軌道が紹介されています。その後、2006年に左の本が葛飾区郷土と天文の博物館から発行されました。さすがに帝釈人車鉄道が存在した地元だけあって、帝釈人車鉄道についてかなり濃厚な資料が、全国人車データマップと共に収録されています。

 

2.元帝釈人車鉄道跡である京成金町線金町~柴又間を走る3500系

帝釈人車鉄道は常磐線金町駅前を起点として柴又まで、明治32年12月17日に柴又帝釈天の庚申の日の参拝客輸送を目的として開業しました。この路線は写真の京成金町線の金町~柴又間そのものです。実際に歩いてみましたが1.5㎞の道程です。十分歩ける距離ですが、人車鉄道は複線の両端ループで、庚申の日には1万人を超す参拝客を輸送したとのことです。10人乗りの客車で単純計算では500往復以上したことになります。そんなに輸送需要があるなら普通の鉄道を敷けば良いのにと思いますが、庚申ではない普段の日は100人程度しか乗らなかったそうです。庚申の日は年に6~7回しかないとのことで、人車鉄道だけで経営が成り立ったのか不思議ですが、庚申の日の輸送だけで、年間の約60%を稼いでいたそうです。客車は「おしっぺ」という押夫が通常一人で押していたそうで、普段の日は押夫は4人雇われていたそうですが、庚申の日は120人程を臨時で雇ったそうです。この波動的な輸送には、今で言うアルバイトとして近隣の農家から上手に雇っていたとのことで、究極のやり繰りがあったそうです。そして、帝釈人車鉄道は12年ほど営業して大正元年に、高砂から延びて来た京成電気軌道に譲渡されて発展的解消となりました。もう110年以上も前の話しです。

ところで、この写真には京成3500系が写っています。この電車は大規模な整形手術を受けて延命更新されましたが、いまだに走っているとは驚きました。

 

3.「寅さん」の銅像

さて、ここは京成柴又駅前です。柴又と言えば、私の年代は「寅さん」です。でも、なんでこんな写真を撮ったのかと言うと、後程この銅像が人車の説明に出てきますので、この銅像の恰好を覚えておいてください。

 

4.柴又帝釈天(題経寺)の境内

ついでに、ここは柴又帝釈天こと題経寺です。ここが庚申の日に1万人もの参拝客を集めたお寺であり、帝釈人車鉄道の株主さんでもありました。最近の庚申の日はどのくらいの参拝客があるのかわかりませんが、ここは「寅さん」の映画ですっかり有名となり今は庚申の日でなくても、海外の方々を含む大勢の観光客が集まっています。

 

5.帝釈人車鉄道のレプリカ客車

さて、本題に入りますが、帝釈人車鉄道のレプリカ客車は、柴又の「寅さん記念館」にあります。これがそのレプリカの写真です。最近は各地で人車鉄道のレプリカ客車が展示されていますが、これもその1両です。

 

6.帝釈人車鉄道の客車の説明掲示

とても小さな車両です。その大きさをを説明する資料が掲示されていましたが、その右下には、「※この客車は展示場に合わせた大きさで製作したものです。」と、正直なコメントが・・・。まあ、多少のことは目を瞑りましょう。

・・・で、客車の絵の横に描かれたのは、このスケールにあわせた「寅さん」の影絵です。ここで思い出して頂きたいのが、柴又駅前の「寅さん」の銅像です。この影絵の「寅さん」は柴又駅前の銅像と同じ恰好をしていますが、銅像を知らなければ何のことやら・・・。しかしながら、客車の絵に記載された寸法を見るよりも同スケールの人との対比が、この車両の大きさを見事に物語っています。

近況編12-5 2025年流鉄:沈黙のデカイヤツ(その5)

昨年の夏に流鉄が購入した元JR東海211系の改造状況が気になって、ときどき流鉄へ向かいましたが、なぜか5000系を追い掛けていました。いままで流鉄をまともに撮影したことはありませんでしたが、今頃になって興味もない5000系をどうして追い掛けているのか、自分でも理由がわかりません。

 

1.クハ5101+クモハ5001 (幸谷~小金城趾:2025年12月)

しかしながら流鉄の撮影は、何色の電車が走っているのかお楽しみです。この日は「さくら号」が走っていました。なんだか「さくら号」の撮影頻度も多いような気がします。そう言えば、どうでも良いことですが「なの花号」の走りをまだ撮っていません。どの電車も均等に運用されていると思いますが、「なの花号」とは相性が良くない様です。

 

2.クハ5102+クモハ5002 (小金城趾~幸谷:2025年12月)

・・・で、もう1本は言わずもがなの「流星号」です。この電車はいつも走っている様ですが、これも運命のめぐり逢いなのか、ほぼ百発百中です。

 

3.クハ5101+クモハ5001 (小金城趾:2025年12月)

ここは小金城趾駅です。天気も光線状態も申し分ありませんが、この場所は草刈りしていないのか、枯草が悩ましい季節です。

 

4.クハ5101+クモハ5001 (小金城趾:2025年12月)

よって、「さくら号」が停車中に草刈りされている方へ走ってもう1枚。こんどは小金城趾駅を出発するところですが、こちらは草刈りされているのでスッキリした写真が撮れました。

 

5.クハ5101+クモハ5001 (幸谷~小金城趾:2025年12月)

帰りながら幸谷方向に移動しましたが、ここは陽の向きが真正面でした。少し待てば陽の向きは列車の左側面を照らします。

 

6.クハ5102+クモハ5002 (幸谷~小金城趾:2025年12月)

しかし、この場所の左にはご覧の様な新坂川沿いにフェンスが延々と設置されており、残念ながら川の対岸からの撮影は難ありです。何回も流鉄に通ってみましたが、流鉄の沿線撮影は午前中が無難な様です。

 

7.クハ5101+クモハ5001 (幸谷~小金城趾:2025年12月)

結局、このまま幸谷まで歩いて帰宅しました。さて、沈黙のデカイヤツ(211系)は2026年度竣工とのことです。改造が順調に進捗しているのか、最近の状況はさっぱりわかりませんが、気長に待ちましょう。

近況編12-4 2025年流鉄:沈黙のデカイヤツ(その4)

この日は時間に余裕がなかったので、流山には行かずに幸谷~小金城趾間で撮影を続けました。この区間は初めての撮影でしたが、2か所の大きな曲線があり、列車が進行する方角が変わるので、陽の向きの見極めが難しい場所でした。

 

1.クハ5102+クモハ5002 (幸谷~小金城趾:2025年11月)

この日はちょうどお昼ごろでした。陽の向きが列車の真正面を照らしており、列車の前面にあるステンレスの化粧板がとても眩しかったです。

 

2.クハ5104+クモハ5004 (幸谷~小金城趾:2025年11月)

パンダ顔の「若葉号」はフロントガラスのまわりが黒塗りですが、これも眩しい写真となりました。側面に陽が当たるまで時間がかかりそうなので、とりあえず小金城趾駅へ向かいます。

 

3.クハ5102+クモハ5002 (小金城趾~鰭ヶ崎:2025年11月)

ここは小金城趾駅の鰭ヶ崎寄りの新坂川に掛かる橋の上です。軌道脇の雑草が刈り取られてさっぱりした写真が撮れました。

 

4.クハ5104+クモハ5004 (小金城趾~鰭ヶ崎:2025年11月)

続いて「若葉号」ですが、なんだか陽射しが弱くなってきました。前方の空は晴れていますが、いつのまにか上空には大きな雲が掛かっていました。この日は流山で改造中の211系を見に行かずに、これで撤収です。

 

5.クハ5102+クモハ5002 (小金城趾~鰭ヶ崎:2025年12月)

そして、ここからは12月です。この頃、暇だったのか毎月の様に流鉄に出向きましたが、音沙汰がない211系のことなど、もうどうでもよくなってきました。この日も流山には行かずに、元西武電車の撮影となりました。草刈り後のすっきりした写真を撮るためこの場所に来たのですが、また「流星号」です。

 

6.クモハ5001 (小金城趾:2025年12月)

そして、もう1本は「さくら号」です。この写真は小金城趾駅に停車中の「さくら号」です。小金城趾駅では、流山行の電車は川を挟んで、真横からこんな写真が撮れます。

 

7.クハ5101+クモハ5001 (小金城趾~鰭ヶ崎:2025年12月)

軌道脇の雑草が刈られて「さくら号」のすっきりした写真を撮るつもりでしたが、ここは電線だらけで、どうもすっきりしません。