ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

2023-06-01から1ヶ月間の記事一覧

第1015話 1989年西鉄:遅すぎた出会い(その3)

今回は西鉄柳川車庫の200系以外の車両の様子を少々お伝えします。正直、200系以外の車両には全く興味がなかったので、ほとんど写真を撮っていませんでしたが、やはり30年以上も前のことなので、今となっては少々懐かしい車両が写っていました。 1.ク2051:…

第1014話 1989年西鉄:遅すぎた出会い(その2)

続いて、西鉄柳川車庫の200系の様子です。柳川車庫の裏手には2連の200系が2本留置されていました。 1.モ204、ク64 (柳川:1989年9月) この2連はいずれもMT編成で、Tc車は元博多湾岸鉄道汽船(現:JR九州香椎線)のガソリン動車を前身とするクハ60形で…

第1013話 1989年西鉄:遅すぎた出会い

今回はローカル線ではなく、九州最大手である西鉄の古い電車の話題です。 この日、私は出張で福岡へ来ていました。仕事は前日で終わり、この日は土曜日で東京へ帰るだけだったのですが、福岡まで来ていてそのまま帰るはずもありません。早起きして三池炭鉱へ…

第1012話 1995年栗原:電車をやめる頃(その3)

栗原電鉄の電車は、あと10日程で全車引退となる頃でした。思えば、栗原電鉄は元々非電化の軽便鉄道でしたが、再び非電化に戻ることになります。電化から非電化となった鉄道は過去には玉野市営や羽後交通などの前例はありましたが、いずれも廃止が前提だった…

第1011話 1995年栗原:電車をやめる頃(その2)

栗原電鉄の若柳車庫には、唯一車籍のある電機機関車がいました。説明するまでもなく、ED201です。かつては同僚の機関車が3両いましたが、貨物輸送がなくなり、運ぶものがなくなってしまい、気が付けば1両だけになっていました。 1.ED201+C152 (若柳:1995…

第1010話 1995年栗原:電車をやめる頃

細倉鉱山の閉山で運ぶものがなくなってしまった栗原電鉄は、本来であれば廃止になってもおかしくないはずでしたが、親会社の恩恵で一命を取り留め、第3セクター化という裏技で生き延びる術を見いだし、1993年12月に新体制となりました。しかしその後、経費節…

第1009話 1987年越後交通(栃尾):遺構を求めて(その2)

以前、1988年頃の越後交通長岡線の廃線探訪を、第478話~第486話でお伝えしましたが、当時の長岡線は廃線と言えども、線路はほとんどそのままの状態で放置されており、廃線探訪にも気合が入りました。一方、栃尾線の方は廃止後すぐに線路が撤去されたようで…

第1008話 1985,87年越後交通(栃尾):遺構を求めて

私が接することのできた現役時代の越後交通は、1987年以降の、すでに貨物専業となっていた長岡線の残存区間だけでした。長岡線は復活を目論んだという噂もあり、当時は長大な廃線跡が手つかずの状態で放置されていました。それらの様子は、以前、第478話~第…

第1007話 1995年茨城交通:4連が走った時代(その3)

この頃、お隣の鹿島鉄道や関東鉄道では新車の気動車が導入されていました。そして、鹿島鉄道では、戦前製の旧型気動車も冷房化され、「やればできる」を証明しました。そうなると茨交はちょっと気まずい雰囲気になって来ましたが・・・。 1.キハ221 (那珂…

第1006話 1995年茨城交通:4連が走った時代(その2)

茨城交通の朝の4連は1往復(那珂湊→阿字ヶ浦→勝田→那珂湊)だけの運行でしたが、その4連は務めを終えた後は、2両を切り離して、引き続きラッシュが終わるまで2連で運用されました。 1.キハ202+キハ204 (那珂湊~中根:1995年5月) 写真は、4連から2連と…

第1005話 1995年茨城交通:4連が走った時代

1995年5月、茨城交通にはまだ通学用の4連が走っているとの情報があり、常磐線の始発電車で勝田に向かいました。茨交の通学4連は、この2年前の1993年3月にも撮影していました。その時の様子は、第736話をご覧ください。 1.キハ203+キハ201+キハ202+キハ204 (中根~…

第1004話 1993年流山:最後の京急!!

1990年代になると中小私鉄と言えども、大手私鉄から中古のカルダン車を導入して吊掛車が激減しました。そんな中、吊掛車の穴場だったのが流山電鉄でした。しかし、当時の流山電鉄は吊掛車とは言え、元西武の501系であり、しかも塗色が・・・。ところが、まだ…

第1003話 1994年富士急:小田急から京王へ・・・(その2)

引き続き富士急行ですが、今回の訪問目的は京王5000系の導入により、いよいよ引退することとなった、黎明期のカルダン車である5700系の撮影でした。 1.5700系2連+5700系2連 (寿~三つ峠:1994年12月) この日は、休日だったので5700系も4連で走っていまし…

第1002話 1994年富士急:小田急から京王へ・・・

1990年代中頃になると、ローカル私鉄のほとんどが大手私鉄の中古車両に入れ替わり、吊掛車というものが見られなくなりました。もう私の趣味も先が見えていましたが、とりあえず初期のカルダン車を追い掛けていました。ところが、初期のカルダン車も後輩のカ…

第1001話 番外編:1000回を顧みる(その2)

続いて当ブログの1000回を顧みます。今回も当ブログから反響があった話題をピックアップしてみました。 ④ ヒロ電ボロ電の頃:第90~98話 当ブログにおいて路面電車ネタは、はっきり言って人気がありません。私自身があまり路面電車に興味がないせいなのか、…

第1000話 番外編:1000回を顧みる

ふと気が付けば、第1000話です。 「光陰矢の如し」とは言いますが、月日が経つのは早いもので、当ブログを始めてからもう5年近くになります。当初は、還暦までにブログを完結しようと思い、とりあえず1000回を目標にしましたが、実際、還暦を迎え1000回に達…

第999話 1994年高松琴平:灼熱の讃岐平野(その6)

この日、長尾線では雑多なMT編成が2本運行されましたが、その他にも琴電生え抜きのMM編成が2本運行されていました。日によっては、30形ばかりの日もありますが、この日は運が良かった様です。 1.860+750 (西前田~高田:1994年8月) この日は、860と870の…