ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

2024-06-01から1ヶ月間の記事一覧

第1205話 1995年阪急(嵐山):嵐山という姨捨山(その3)

阪急嵐山線での2800系定期運用は1995年8月16日で終了となりました。その後はイベントのサヨナラ運転で10月が最後だったようで、神戸線や宝塚線も走ったそうです。私はイベントが好きではないので、2800系の最後を見に行きませんでしたが、どうせなら、京都線…

第1204話 1995年阪急(嵐山):嵐山という姨捨山(その2)

阪急嵐山線は、もともと全線複線の路線でしたが、戦時中にお国のため資材供出で単線化されました。戦後は複線に復旧されることもなく現在に至ります。この路線は行楽シーズンは梅田からの直通列車も走りますが、普段はとてもローカルな路線で、いつしか阪急…

第1203話 1995年阪急(嵐山):嵐山という姨捨山

1990年代も半ばになると、古い電車がことごとく消え去りましたが、気が付くと新しいと思っていた電車まで消え始めました。ここで言う古い電車とは吊掛車であり、新しい電車はカルダン車のことですが、ある日、京都へ出向いた帰りに乗った阪急嵐山線で思いも…

第1202話 番外編:1977年の印象(その3)

この頃の上野駅はいろんな特急や急行列車が目まぐるしく発着しており、一日いても飽きません。しかし、国鉄車両に興味がない私は、とっとと上野駅を出て、珍しく大手私鉄巡りです。 ここからは、カラー写真も混在しますが、暗い場所で撮影した画像は、なぜか…

第1201話 番外編:1977年の印象(その2)

茨城交通湊線をサラッと見たあとは、東京へ戻りながら寄り道です。しかし、この頃の常磐線はまだローカル本線だったので、列車本数が少なく、時間もかかりました。時間的にすべてのローカル私鉄を見るのは厳しかったので、とりあえず関東鉄道の鉾田線と筑波…

第1200話 番外編:1977年の印象

1200回目の節目が来ました。現在、当ブログは1996年頃の各地ローカル私鉄の様子を主体にお伝えしていますが、だんだん古い車両やローカル線ネタが厳しくなってきました。ときどき号外を発してお茶濁しをしていますが、この先どのように迷走するかわかりませ…

第1199話 1996年近江:どうした西武の大型車?(その5)

近江鉄道は、八日市を中心に3方向の路線を有しますが、もともと米原~貴生川が本線であり、開業の目的は北陸方面から「お伊勢参り」の短絡ルートだったそうで、この沿線の地域輸送が目的ではなかったようです。よって、沿線は人口希薄な場所が多く、目立った…

第1198話 1996年近江:どうした西武の大型車?(その4)

今回は五箇荘から八日市方面に歩いて撮影です。五箇荘を出ると並走していた東海道新幹線と別れて田園地帯に入ります。次の八日市までは4.4㎞の距離がありますが、この路線は集落から少し離れた田園を坦々と進みます。 1.モハ4+クハ+1219 (八日市~五箇荘…

第1197話 1996年近江:どうした西武の大型車?(その3)

近江鉄道にはこれまでほとんど乗車したことがなかったのですが、毎週のように新幹線でこの沿線を通過していたので、沿線の様子はだいたい把握していました。近江鉄道の五箇荘~高宮間は新幹線とほぼ並走しています。しかし、新幹線の車窓から見るかぎり、こ…

第1196話 1996年近江:どうした西武の大型車?(その2)

この日の撮影目的は、元西武401系の導入により淘汰されるであろう、1系、500系の走行を撮ることでした。すでに彦根構内には、多くの元西武401系が留置されており、これらが運用されれば、間違いなく1系、500系はなくなります。しかし、1993年に先行して導入…

第1195話 1996年近江:どうした西武の大型車?

近江鉄道と言えば、「車歴の呪縛」です。その複雑怪奇な車歴に悩まされ、気が付けば車庫以外でのまともな撮影を行ったことがありませんでした。よって、今回は彦根の車庫をパスし、元西武401系に置換えが迫る?近江オリジナル電車の、初めての沿線撮影の様子…

第1194話 1995年南海(汐見橋):やっと新性能化完了(その2)

南海電鉄1521系は、この年の7月に大半が廃車され、そのすべてが弘南鉄道に譲渡されました。正直、弘南鉄道はこの車両を購入してどうするつもりなのか不可解でしたが、結局、使いこなせなかったのか、再び元東急7000系のみの所帯に戻ってしまいました。 1.…

第1193話 1995年南海(汐見橋):やっと新性能化完了

南海電鉄は1995年4月に貴志川線の新性能化を行いましたが、本線にはまだ新しい?吊掛車が残っていました。それは通称汐見橋線という、大阪のど真ん中を走るローカル線にいた1521系でした。しかし、その1521系もついに、1995年7月に終焉を迎えることになりま…

号外2024.06.08:浜安善を歩く(その3)

安善駅から浜安善ヤードまで1㎞程の道程ですが、その延長上にあった石油会社の引込線はすでに跡形もありませんでした。かつて、浜安善は大手石油会社の石油備蓄タンクがひしめき合う一帯でしたが、ある時期に浜安善から石油会社はほとんど撤退したようで、そ…

号外2024.06.06:浜安善を歩く(その2)

浜安善支線探訪の続きです。今回は安善橋を渡って安善二丁目に踏み込みますが、ここから先は、私にとって未踏地帯でした。 1.浜安善支線の撮影ポイント 上図は、安善橋から先の撮影ポイントを示したもので、〇番号は以下の写真番号を示します。今回は⑬~㉓…

号外2024.06.04:浜安善を歩く

今年の3月にJR鶴見線の新車131系を見に行った際、久々に鶴見線を大川まで乗車しました。その時の様子は、号外2024.04.06~でお伝えしましたが、正直、新車のことなどどうでもよかったわけでして、鶴見線沿線の専用線がどうなっているのか大変気になり、GWの…

第1192話 1994年越後交通(長岡):これが最後の訪問(その3)

越後交通長岡線の廃止は、1995年4月1日でした。あと半年後でしたが、今回が最後の訪問となりました。 1.ED311+タキ・・・ (西長岡:1994年10月) ED311が牽引する空タキの貨物列車を見送りました。次はED311の単機回送が戻ってきます。もう雨が降りそうな…

第1191話 1994年越後交通(長岡):これが最後の訪問(その2)

西長岡には、もう1両忘れてはいけない機関車がいました。それが元西武鉄道の機関車だったED311です。 1.ED311 (西長岡:1994年10月) ED311は戦時設計の武骨な東芝標準型の凸型40t機です。この機関車も青く塗られていましたが、状態は良さそうでした。隣…