ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第580話 1993年野上:あきらめムード(その5)

今回は1993年7月の野上電鉄の話題です。 7月という非常に中途半端な時期ですが、ちょうど広島出張中の休暇を利用して訪問した時の様子です。野上電鉄はもう最後の年になると思うので、本当は5月頃の田植えの時期にも訪問したかったのですが、それは無理でし…

第579話 1993年野上:あきらめムード(その4)

野上電鉄は廃止を表明する直前まで設備投資を続けていました。線路脇にはコンクリート製の架線柱が搬入されていましたが、廃止の表明後はそのまま手つかず状態が続いていました。見た目にも必要以上の保守はやっていない様な感じがしました。車両は汚れ、塗…

第578話 1993年野上:あきらめムード(その3)

この時点で、野上電鉄の廃止日程は未定のままでした。それまでにも幾度となく廃止が延期されて来た経緯がありました。この時もそうなのか?そんな淡い期待もありましたが、この時は明らかに様子が違いました。 1.モハ25+モハ24 (重根~幡川:1993年4月) …

第577話 1993年野上:あきらめムード(その2)

廃止を表明した野上電鉄ですが、朝のラッシュ時には結構な頻度で列車が走っていました。よって、撮影場所を変えずに、しばらく重根~幡川に居座りました。 1.クハ104+モハ31 (重根~幡川:1993年4月) 再びクハ104の登場ですが、この時奇跡的に晴れました…

第576話 1993年野上:あきらめムード

1992年に国からの欠損補助がなくなると、野上電鉄の廃止が決定的になりました。その段階では、1993年3月末に廃止が表明されましたが、地元の反対や、代替輸送の確保が不十分であったことから、廃止が延期となりました。しかし、野上電鉄は廃止を機に廃業する…

第575話 1989年弘南(大鰐・弘南):ステンレスカー降臨(その5)

弘南鉄道の大鰐線もとうとう旧型車の終焉と思われました。 しかし、この年にデハ6000形の2連がもう1本増備されて、クハニ1271、モハ105、モハ108が廃車となりますが、モハ1122+クハ1216、モハ3403、モハ3404、クハ1266.、クハ1267は残りました。 1.クハニ1…

第574話 1989年弘南(大鰐):ステンレスカー降臨(その4)

この日はGWの最中なので、本来なら弘前城の花見客で賑わうはずですが、雨なので大鰐線は閑散としていました。 1.デハ6006他 (大鰐:1989年5月) 大鰐には、先程車庫にいた デハ6006+デハ6005が来ていました。 2.デハ6006+デハ6005 (大鰐:1989年5月…

第573話 1989年弘南(大鰐):ステンレスカー降臨(その3)

この日は雨でしたが、走行写真を撮るため津軽大沢~石川間に向かいました。 てっきりステンレスカーしか走っていないと思っていましたが、意外にも旧型車が走っていました。 1.モハ3404+クハニ1271 (津軽大沢~石川:1989年5月) 本線を走る旧型車の正体…

第572話 1989年弘南(大鰐):ステンレスカー降臨(その2)

1980年代後半になると大手私鉄がカルダン車を放出するようになりましたが、とうとう東急7000系が地方に出現する時代になりました。東急7000系は18m級のステンレスカーなので、地方私鉄にとっては、ちょうど手頃な車両だったようです。 1.キ105、デハ7040+…

第571話 1989年弘南(大鰐):ステンレスカー降臨

1988年10月に、弘南鉄道大鰐線には待望のステンレスカーが転入してきました。 これにより、旧型車が淘汰されましたが、幸い一挙に淘汰されたわけではなく、一部の旧型車は残っていたので、1989年のGWに様子を伺いに行きました。 今回は、その時の話題です…

第570話 1989年鹿島:忍び寄るNDC(その6)

この年の6月に、鹿島鉄道にもとうとう新車が導入されます。 関東鉄道常総線の様に一斉置き換えではないので、多少は気楽でしたが、とりあえずは古い車両の撮影です。 1.キハ601 (石岡:1989年4月) キハ601は、関東鉄道常総線では全滅したキハ610形の同輩…

号外:緊急事態宣言の余波

まさか、今年のGWも自粛になるとは思ってもいませんでした。 旅行にも行けず、外食もできず・・・これからの連休をどう過ごせばよいのか。そんなわけで、何か読書でもしようと思い、連休前に神保町の書店に向かいました。 しかし、その結果が・・・・ これを…

第569話 1989年鹿島:忍び寄るNDC(その5)

鹿島鉄道沿線の桜の花を求めて、桃浦まで来ましたが、ちょっと早かった様です。 この当時は現在の様に、ネットで開花状況を確認することも出来ず、近くであっても、とりあえず行って見ないと状況がわかりません。気まぐれな開花に合わせて撮影に出向くのは至…

第568話 1989年鹿島:忍び寄るNDC(その4)

鹿島鉄道では、誰もが霞ヶ浦を入れて撮影しましたが、路線の大半は丘陵地帯の切通しの様な場所でした。沿線には大きな街もなく、もしジェット燃料輸送がなかったら、筑波鉄道より先になくなっていたかも知れません。 1.キハ432 (借宿前~巴川:1989年3月…

第567話 1989年鹿島:忍び寄るNDC(その3)

鹿島鉄道で忘れちゃいけないのがジェット燃料輸送の貨物列車です。 ジェット燃料輸送は基本的に平日の午前中に1往復(帰りは回送)ですが、量の多い時は2回に分けて、午後にも1往復走りました。 1.DD13367+DD902+積車タキ7連 (八木蒔~桃浦:1989年3月) …

第566話 1989年鹿島:忍び寄るNDC(その2)

さて、撮影に話を戻します。この日は友人の車があったので、撮影ポイントをあちこち移動できました。鹿島鉄道の車両は、キハ714も運用に入ったので、全車種一通り撮影できて、まさに気動車三昧でした。 1.キハ432 (玉造町~浜:1989年3月) まだ3月なので…

第565話 1989年鹿島:忍び寄るNDC

1989年は、関東の非電化私鉄にとって話題の多い年になりました。 最大の話題は、関東鉄道常総線に元国鉄キハ35系が大量移籍となり、バラエティーに富んだゲテモノ車両が淘汰されてしまったことですが、鹿島にも気になる噂が・・・。 いよいよ新車の動きが・…

第564話 1987年JR北海道:もう一度最果て(その6)

今回は最果てシリーズの最後となりました。 最後は釧路付近で見かけた、あの頃の車両をまとめてみました。 1.ひょうきん族 (標茶:1987年8月) 「ひょうきん族」とは、当時フジテレビで放映されていた伝説のお笑い番組のタイトルにもありましたが、こんな…

第563話 1987年JR北海道:もう一度最果て(その5)

この日も、昼頃には霧が晴れました。 朝霧の走行撮影をした場所で、もう一度撮影です。私は普段から国鉄(JR)の車両に全く興味がありませんでしたが、標津線にこだわっていたのは、車両よりも沿線風景でした。 1.キハ22319 (上武佐~中標津:1987年8月) …

第562話 1987年JR北海道:もう一度最果て(その4)

上武佐の武佐岳温泉に宿泊し、翌日も早朝から撮影開始です。 しかし、案の定ひどい霧です。 1.上武佐駅舎 (上武佐:1987年8月) でも、霧に霞む上武佐駅の情景がなんともノスタルジックです。 前の晩に武佐岳温泉の御主人にこの時期の天候を聞いたところ…

第561話 1987年JR北海道:もう一度最果て(その3)

午後になると、霧は無くなりましたが、今度は曇ってきました。線路脇の草むらでアブと戦いながら撮影を続けましたが、同じ様な車両しか来ないのでいい加減飽きて来ました。 1.キハ22319+キハ22116 (上武佐~川北:1987年8月) 今度は、先程キハ27形の回送…

第560話 1987年JR北海道:もう一度最果て(その2)

今回の渡道は、標津線の撮影に来たものの、これと言ったあてもなく、この日どこに行くかは、列車に乗って考えることにしました。 1.キハ22114 (根室標津:1987年8月) 濃霧の中、根室標津では、釧路行きのキハ22114が佇んでいました。 キハ22形といえば、…

第559話 1987年JR北海道:もう一度最果て

1987年8月、 社会人になった最初の夏季休暇に、これが最後になるだろうと、標津線に向かいました。すでに標津線は国鉄ではなく、JR北海道になっていましたが、「最後になるだろう」とは、標津線が廃止対象路線になっていたからです。 1.キハ40132 (根室標…

第558話 1991年日立:本当の合理化は車種統一にあり!(その3)

この時点で、日立電鉄の車両は営団銀座線の2000系に全車置き換わるという噂が出ていました。それまで営団の車両が地方鉄道に譲渡された例がなく、営団2000系は第三軌条方式で標準軌です。よって、パンタグラフの設置や、狭軌台車への振り替えが必要となり、…

第557話 1991年日立:本当の合理化は車種統一にあり!(その2)

案の定、この日の日立電鉄は単行しか走っておらず、連結車は全て車庫で昼寝でした。やはり日立電鉄の撮影は、平日の朝でないとダメです。 日中は大多数の車両が車庫で昼寝となり、留置場所によっては、車両が詰め込まれており、まともに撮影も出来ないことも…

第556話 1991年日立:本当の合理化は車種統一にあり!

1991年4月に、4年ぶりとなる日立電鉄を訪問しました。 この4年間、お隣の茨城交通湊線あたりまでは出向きましたが、なぜか勝田から先は敷居が高く、気が付けば4年も経っていました。しかし、4年目にしてなぜ日立電鉄まで足を伸ばしたのかと言うと、ここの車…

第555話 1988年蒲原:地元の足(その2)

全長わずか4.2kmの蒲原鉄道は、村松~五泉間の「地元の足」として定着していました。しかしこの頃は、バス事業が優位に立ち、村松~新潟間の高速バスで成り立っている感じでした。蒲原鉄道は地元のローカル路線バス事業も行っていましたが、そちらは振るわな…

第554話 1988年蒲原:地元の足

1988年4月、新潟の長期出張が終わりに近づき、久々の蒲原鉄道を訪問しました。加茂~村松間の廃止からちょうど3年が経っていましたが、部分廃止以降は車両の変化もなく、これと言った話題もなく、もう鉄道誌に取り上げられることもほとんどありませんでした…

第553話 1989年関東(龍ヶ崎):ガラパゴス健在!!(その2)

この日は、竜ケ崎に来たついでに、少々沿線撮影も行いました。 龍ヶ崎線は僅か4.5kmの路線なので、帰りは佐貫まで歩いて戻りました。 1.キハ522+キハ521、キハ531 (竜ケ崎:1989年4月) 龍ヶ崎線の車両は、たったの4両です。ラッシュ時には3連が運転され…

第552話 1989年関東(龍ヶ崎):ガラパゴス健在!!

1989年は関東鉄道常総線に大量の元国鉄キハ35系が乱入し、貴重な旧型気動車が一挙に淘汰されてしまいました。この一大事を見届けるために、常総線ばかりに気を取られていましたが、そう言えば龍ヶ崎線はどうなのか? 慌てて龍ヶ崎線に向かいました。 1.キ…