ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第899話 1992年近鉄(北勢):モニ最後の日(その4)

今回は、いよいよモニの最後の撮影です。そろそろ、220系「さよなら運転」の2往復目の列車が来る頃です。夕方となり、期待通り光線状態も落ち着いて来ました。 1.モ276+サ146+ク141 (麻生田~上笠田:1992年9月) 先ほどの撮影時は、この辺りに大勢の同好…

第898話 1992年近鉄(北勢):モニ最後の日(その3)

阿下喜から戻ってくる220系は、上笠田付近の田園地帯で撮ることにしました。ここも以前に何度か撮影をした場所ですが、この日は大勢の同行者達が思い思いに撮影しているので、お互いを撮らないように神経を使いました。 1.モ224+ク223+モ222+ク221 (上笠…

第897話 1992年近鉄(北勢):モニ最後の日(その2)

この日の天気は、晴れていましたが秋雨前線の影響か、スッキリしない天気でした。しかも、220系の「さよなら運転」は昼近くなので陽の向きがトップライトとなり、撮影条件は宜しくありませんでした。 1.モ224+ク223+モ222+ク221 (穴太~六把野:1992年9月…

第896話 1992年近鉄(北勢):モニ最後の日

北勢線の220系が「さよなら運転」を行うとの情報が入りました。私は、あまりイベントが好きではないので、パスするつもりでしたが、この機会を逃すと、生きた軽便電車を一生見ることが出来なくなってしまうので、奮起して桑名に向かいました。 1.モ224、ク…

第895話 1994年高松琴平:志度線分断後の旧型車の動向(その5)

結局この日もラッシュの後半は西前田に来てしまいました。この日は土曜日なので、列車もすいており3連など走る必要もありませんが、この頃の長尾線はどういうわけか土、日も3連がバンバン走りました。 1.315+100 (高田~西前田:1994年7月) やって来たの…

第894話 1994年高松琴平:志度線分断後の旧型車の動向(その4)

この頃の長尾線は、朝の3連が増えた様な気がしました。しかし、思ったように凸凹編成が現れませんでした。その理由は、志度線の分断にありました。 1.130+325 (白山~平木:1994年7月) 以前にも、志度線分断後の配置車両の内訳をお伝えしていますが、凸…

第893話 1994年高松琴平:志度線分断後の旧型車の動向(その3)

ここからは2週間後の高松です。なぜそんなにも高松に出向いたのか、自分でもよくわかりませんが、恐らく3連の運用が増えたので、レアな車両も撮影のチャンスが増えたと思ったのかも知れません。 1.300+35+36 (白山~平木:1994年7月) 相変わらず長尾線の…

第892話 1994年高松琴平:志度線分断後の旧型車の動向(その2)

琴電は瓦町駅の駅ビル化で長尾線が高松築港へ直通し、志度線は瓦町折返しとなりましたが、このことを今回の撮影時に初めて知りました。私が訪問したのは、この運用変更が実施された2週間後でしたが、当時はまだネット社会ではなく、こんな情報はすぐには入手…

第891話 1994年高松琴平:志度線分断後の旧型車の動向

今回は第807話と同じ日の朝です。日曜日だったので長尾線は朝のラッシュはないだろうと思い、景色の良い志度線の房前に出向きました。 1.3000形+230+24 (房前~原:1994年7月) ここは、瀬戸内海に面した小さな漁港があり、大変風光明媚なところです。さ…

第890話 1993年野上:稔りの秋、そしてあと半年(その5)

重根付近は、北山付近に比べて稲の生育が少し早く、そろそろ刈取りが近いような感じでした。今回の撮影はベストタイミングだった様です。撮影がもう1週間後だったら稲の刈取りが終っていたかも知れません。 1.モハ25 (幡川~重根:1993年9月) この列車は…

第889話 1993年野上:稔りの秋、そしてあと半年(その4)

この日は早朝から、飲まず食わずで撮影を続けましたが、ラッシュ後の運用列車も一通り撮影できたので、昼食を兼ねて一旦、日方に戻ることにしました。 1.デ13 (野上中~北山:1993年9月) 午前の部の最後の撮影は、デ11の真横からのカットです。相変わら…

第888話 1993年野上:稔りの秋、そしてあと半年(その3)

この日は、ラッシュ後の運用にモハ25が入りました。昼過ぎまでは2列車運用なので、2列車ともデ10形となる可能性が高く、もし2列車ともデ10形だったら帰ろうかと思っていましたが、とりあえず1本はモハ25だったので、これを追い掛けることにしました。 1.モ…

第887話 1993年野上:稔りの秋、そしてあと半年(その2)

野上谷を流れる貴志川は、かなり蛇行しているので、対岸に渡らなくても対岸から撮影した様な写真が撮れました。 1.モハ26+モハ24 (動木~紀伊野上:1993年9月) ちなみに、これらの写真は貴志川と一緒に蛇行する線路脇から望遠で撮ったものです。ズームレ…

第886話 1993年野上:稔りの秋、そしてあと半年

この頃、毎月の様に野上電鉄を訪問していました。この日も出張先の広島から金曜日の晩に海南に移動し、土曜日の朝から撮影です。毎度のことながら、常宿のビジネス旅館に泊まり、早朝の出庫バスで動木へ向かいました。 1.モハ27+モハ32 (動木~紀伊野上:…

第885話 1994年広島:広電の京都市電(その3)

この頃、広電には1900形が15両も在籍していたので、市内線のどこでも撮影できました。それが災いして、意外と写真を撮っていません。 1.1908 (皆実町六丁目~御幸橋:1994年2月) 1900形は京都市電独特のどっしりとした、いかにも路面電車といった風格が…

第884話 1993年広島:広電の京都市電(その2)

1993年当時、広電の京都市電は15両全車が健在でした。 この頃、広電以外で活躍していた元京都市電は、阪堺電軌道モ251形3両(元京都市電1800形)、伊予鉄モハ2000形5両(元京都市電2000形)だけでした。 1.1909 (原爆ドーム前~本川町:1993年8月) 阪堺…

第883話 1993年広島:広電の京都市電

広電で活躍した各地の路面電の1993年~94年頃の様子を時々お伝えしていますが、今回は元京都市電です。 広電は昭和40年代から、大阪市電や神戸市電から多くの路面電車を譲受し、老朽化した市内線車両の置き換えを進めていましたが、その最終段階と言えるのが…

第882話 1993年茨城交通:使い勝手の良い車両(その2)

この頃、元国鉄キハ20形を再利用する私鉄路線は茨城交通以外にも、水島臨海鉄道と島原鉄道がありました。これらの鉄道会社にとって、元国鉄キハ20形は、老朽車の置き換えとして、まとまった両数が確保できた、ちょうど手頃な車両だった様です。しかし、車両…

第881話 1993年茨城交通:使い勝手の良い車両

1993年は鹿島鉄道の湘南型道産子気動車が一挙に廃車となり常磐線沿線の非電化私鉄も、いよいよつまらなくなってきました。しかし、湘南型ではありませんが、茨城交通にはまだ、貫通型の道産子気動車がいました。いずれも、国鉄キハ22形モドキの興味が湧かな…

第880話 1994年京福(越前):永平寺にモハ251形を追う(その5)

今回もしつこくモハ251形の話題です。3日目の永平寺線は、モハ252が充当されていました。天気も良く、せっかくなので、この日も午後から永平寺線の撮影です。ちなみに午前中は、越前本線のラッシュ時に運行される急行や2連の列車を撮影していました。 1.…

第879話 1994年京福(越前):永平寺にモハ251形を追う(その4)

この日は、モハ251を一日追い掛けましたが、とりあえず期待通りの撮影が出来ました。モハ251はとても魅力的な車両ですが、永平寺線の沿線風景も負けないくらい魅力的でした。 1.モハ251 (市野々~永平寺:1994年5月) 陽が傾いて来ると、西陽が列車の正面…

第878話 1994年京福(越前):永平寺にモハ251形を追う(その3)

夕方になると、陽の向きが山側を照らし、モハ251の非貫通面が順光となります。鬱蒼と茂る杉林も西陽で幹まで照らされます。 1.モハ251 (諏訪間~京善:1994年5月) 永平寺線の列車は、1時間ヘッドの運転なので、上下列車は30分間隔で走って来ます。1閉塞…

第877話 1994年京福(越前):永平寺にモハ251形を追う(その2)

以前から気になっていたモハ251形ですが、なかなか撮影のチャンスに恵まれず、今回ようやくそのチャンスが巡ってきました。 1.モハ251 (諏訪間~東古市:1994年5月) 今までは、何度もモハ251形に空振りを食らっていましたが、その分、ロケハンはしっかり…

第876話 1994年京福(越前):永平寺にモハ251形を追う

1994年当時の京福越前本線は、ほとんどの列車が元阪神か元南海電車を流用した車両でした。これが原因で、なかなか撮影に出向く気が起こらなかったわけですが、モハ251形という日車標準タイプモドキの自社発注車が僅かに残っており、この車両の撮影に本腰を入…

第875話 1992年神奈川臨海(本牧):旅客化は夢の彼方へ(その2)

今回は神奈川臨海鉄道のもう一つの路線である本牧線です。こちらは塩浜線の様に工場地帯の製品や資材輸送ではなく、本牧ふ頭の物流がメインのようで、沿線の北側は眺めの良い高級住宅街です。 1.DD5512+ワム・・・他 (横浜本牧:1992年7月) この日はDD55…

第874話 1991年神奈川臨海(塩浜):旅客化は夢の彼方へ

バブルな時代には色々と前向きな話題が豊富でした。鉄道においても新規路線の計画など、おおいに盛り上がりましたが、今となっては、あれは一体なんだったのか?と、思うようなことが結構ありました。例えば、神奈川臨海鉄道の旅客化などという話も・・・。 …

第873話 1994年一畑:大寺付近の日常風景(その3)

この日は、車両の置き換えでデハ20形+クハ100形が真っ先に淘汰されるのではないかと思い、真剣にデハ20形+クハ100形を追い掛けました。 1.デハ23+クハ101 (大寺~美談:1994年4月) デハ20形+クハ100形の魅力は、ズバリ手動ドアでした。この何とも無防備…

第872話 1994年一畑:大寺付近の日常風景(その2)

ところで、なぜそんなに一畑電鉄にこだわっていたのか。それは車両の置き換えが迫っていたからです。この半年後には関東から、あの中古電車がやって来ます。おそらく、数年後には既存車が全滅してしまう恐れがありました。 1.クハ101+デハ23 (大寺:1994…

第871話 1994年一畑:大寺付近の日常風景

1994年は仕事の関係で広島に滞在していたので、一畑電鉄の訪問回数も増えました。しかし、お目当てである赤電のデハニ50形は月~土曜日の朝しか走らないため、広島から土曜日の朝移動では撮影は間に合いません。 1.デハ72+クハ172 (美談~大寺:1994年4月…

第870話 1993年富山地鉄:冠雪の立山連峰を求めて(その5)

山の天気は変わりやすいものです。調子よく晴れたと思ったら早々にまた雲が掛かり始めました。もう夕方なので、立山はあきらめるしかありませんでした。 1.モハ10020形2連 (釜ヶ淵~沢中山:1993年5月) よって、ここからは日没まで沿線風景主体の夕景撮…