ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第721話 1992年江ノ島:江ノ電90歳の頃(その3)

開業90周年を迎えた江ノ電ですが、新車の2000形導入や旧型車の延命化が一段落し、その後はしばらく車両の変化はありませんでした。一つ気になったのは、500形の処遇でした。 1.デハ303+デハ353、デハ501+デハ551 (極楽寺:1992年10月) この時点、500形はカル…

第720話 1992年江ノ島:江ノ電90歳の頃(その2)

江ノ電が間もなく開業120年を迎えますが、あれから30年も経ってしまったのかと思うと同時に、いつまでも新車と思っていた2000形は、導入されてからもう30年が経つという事です。当然私も30歳年を取ったわけですが、月日の経つのが恐ろしく速く感じます。 1…

第719話 1992年江ノ島:江ノ電90歳の頃

1992年当時の江ノ電の写真には開業90周年記念のマークを付けた車両が写っていました。と、言うことは、今年で開業120周年です。 現在の江ノ電は湘南を走るハイカラな電車ですが、30年前はちょうどハイカラな電車への脱皮が始まった頃でした。今回は1992年、…

第718話 1993年水島臨海:偉い人の苦言(その4)

今回は、水島臨海鉄道の地平区間の沿線撮影の様子です。 水島市街は高架化されていましたが、弥生から倉敷市側は昔ながらのローカル線でした。 1.キハ212+キハ203 (弥生~浦田:1993年12月) この頃の水島臨海鉄道は、沿線人口の増加によって利用客が増え…

第717話 1993年水島臨海:偉い人の苦言(その3)

水島臨海鉄道で見たかったのは機関車です。水島臨海鉄道はさすがに臨海鉄道だけあって、貨物輸送用に自前の機関車を保有しており、国鉄機にはないオリジナリティが伺えました。 1.DE701 (倉敷貨物ターミナル:1993年12月) 早速やってきたのは、JR機?で…

第716話 1993年水島臨海:偉い人の苦言(その2)

前話では、水島臨海鉄道のキハ20形の事ばかりでしたが、水島機関区にはキハ20形以外にも、怪しい車両が集結していました。その様子は、まさに露店の骨董品市の様でもあり、中にはお宝もある様な・・・・。 1.キハ356廃車 (水島機関区:1993年12月) さて…

第715話 1993年水島臨海:偉い人の苦言

「偉い人の苦言」は、それなりに影響力がありますが、時として炎上することも。 例えば4年程前の福井では、大雪で運行できなかったLRVを「クソみたいな電車」とののしった県議さんがいました。 この話はネットでも話題になりましたが、私は「ひどいことを言…

第714話 1993年新潟交通:軌道線亡き後(その2)

久々の新潟交通は、東関屋に続いて燕です。 この日は会社の同僚の車でドライブを兼ねて、一日中マイナーな鉄道車両を見て回りました。新潟交通東関屋車庫→新潟臨海藤寄車庫→赤谷興産のナロー→安田記念館の蒲原モハ51→新潟交通燕駅の留置車両と言ったところで…

第713話 1993年新潟交通:軌道線亡き後

新潟交通の話題は、当ブログ第591話~第594話で1991年5月の様子をお伝えしましたが、その後は仕事の都合で新潟交通を訪問する機会がなく、気が付けば1993年になっており、このブランクの間に白山前~東関屋間の軌道線が廃止されてしまいました。何とも無念で…

第712話 1980年岡山電軌:マイナーな路面電車博物館の頃(その2)

今回も岡電の続きですが、この日は下津井へ行くため、深夜の広島を夜行急行阿蘇号で出発し、早朝に岡山で降りました。 この日の目的地はあくまでも下津井でしたが、実は岡電に新車が入ったと言う情報があったので、まずはそれを見に東山へ向かいました。 1…

第711話 1979-80年岡山電軌:マイナーな路面電車博物館の頃

路面電車の博物館と言えば、先ずは広電ですが、かつて岡電は広電とは対照的にマイナーな路面電車博物館でした。マイナーとは失礼な表現ですが、広電の場合、大阪、神戸、京都、福岡などの大都市で走っていたメジャーな路面電車を多く保有していましたが、岡…

号外:令和4年

明けましておめでとうございます。 令和も4年目となりましたが、こんどはオミクロンで相変わらず自粛モードです。さて、昨年の年明けはボロボロの都電乙2の修復に期待を込めてスタートしましたが、今年は、乙2の気になるその後の近況報告からスタートです…

第710話 1992年三岐:セメント輸送の傍ら(その2)

今回の三岐鉄道訪問は、お隣の近鉄北勢線訪問のついででしたが、せっかくなので沿線撮影も少々。 1.セメント列車 (保々~山城:1992年5月) 三岐と言えばセメント列車です。この日も走っていました。 大手の東武や西武がセメント輸送をやめてしまい、西の…

第709話 1992年三岐:セメント輸送の傍ら

三岐鉄道の旅客輸送はどうもセメント輸送の傍らでやっている様に見えて地味な存在です。平成になると、いつの間にか電車は西武のお古に侵略されており、1992年当時には、とうとう西武電車以外の車両は、たったの3両だけになっていました。そして、どーでも良…

第708話 1992年立山砂防:圧巻の18段スイッチバック(その6)

午後の定期列車はグリーンカルデラ号の牽引でした。もう今年も立山砂防は運行終了間近なのか、この後は続行がありませんでした。 1.午後の資材列車 (七郎スイッチバック:1992年11月) まだ午後2時頃ですが、山の日没は早く、 陽も陰ってきました。戻りの…

第707話 1992年立山砂防:圧巻の18段スイッチバック(その5)

午前中の定期列車が千寿ケ原に戻って行きました。次は午後の列車が登って来るまで 時間があるので、戻ることにしました。 1.続行の資材列車 (樺平スイッチバック:1992年11月) 下山途中にスイッチバックの下をのぞくと、まだ資材列車がスイッチバックを…

第706話 1992年立山砂防:圧巻の18段スイッチバック(その4)

巡回列車と無蓋トロの資材列車は、行ってしまいましたが、今度は少し遅れて下りてきた有蓋トロの資材列車をカメラで追います。 1.続行の資材列車 (樺平スイッチバック:1992年11月) まるで「おとぎ列車」。手に取りたくなるおもちゃ感覚です。牽引機は先…

第705話 1992年立山砂防:圧巻の18段スイッチバック(その3)

この18段スイッチバックは、総延長4.5kmほどあります。標高差が200mなので、平均勾配は44.4‰となりますが、急な箇所は50‰にもなり、かなり急勾配で過酷な線形です。先程まで見上げていた列車は、目の前を通り過ぎて、今度は眼下を走ります。圧巻の18段スイ…

第704話 1992年立山砂防:圧巻の18段スイッチバック(その2)

樺平の18段スイッチバックは高低差が200mほどあります。ここは昭和40年に開通するまでは索道で輸送を行っていました。ここにスイッチバックを造って列車を水谷まで直通させる発想はだれが考えたのか、かなり思い切った判断だったと思います。 1.巡回列車 …

第703話 1992年立山砂防:圧巻の18段スイッチバック

1992年は3度も立山砂防を訪れました。まったく自分でも呆れるほどの無茶ぶりでしたが、回数を重ねるたびにエスカレートしてしまい、3度目は18段スイッチバックを制してしまいました。今回は、その3度目の様子をお伝えします。 なお、繰り返しになりますが…

第702話 番外編:40年前の軽便模型を顧みる(その3)

さて、今回最初に登場する模型は40年前の軽便模型ではありません。 これは20数年前に、天賞堂のエバーグリーンショップでお安く購入したフクシマ模型の別府鉄道キハ3のキットを組み立てたものです。このキットを購入した理由は、別府鉄道キハ3に対する思い…

第701話 番外編:40年前の軽便模型を顧みる(その2)

軽便鉄道の魅力は何と言っても現実離れした凸凹編成です。ちょっと大きめの気動車がマッチ箱客車を何両も牽引して走る姿に、なぜか癒しを感じます。 実は、私は軽便世代ではありません。中学1年生の頃に尾小屋鉄道が廃止となり、接することが出来た現役時代…

第700話 番外編:40年前の軽便模型を顧みる

30~40年程前のローカル私鉄の実態をダラダラとお伝えしておりますが、第700話まで来ました。当ブログでは1970年代後半から年代順に各地のローカル線をランダムに投稿して来ましたが、最近のブログでは1992年頃が中心となり、段々近年の状況に近づいてきた感…

第699話 1991年蒲原:お魚電車出現!?

1991年9月、3年ぶりの蒲原鉄道です。この頃お隣の新潟交通は、白山前~東関屋間の軌道線区間の廃止を表明して揉めていましたが、身軽な蒲原鉄道は何も変わらず坦々と走っていました。 1.モハ31 (五泉:1991年9月) ところが、突然現れたのはモハ31のお魚…

第698話 1993年日立:電車の整理整頓!!(その5)

夕方になって、曇ってしまいましたが、この日の最後は鮎川に向かいました。 鮎川には日中走らないラッシュ用の車両が留置されています。しかし、2000形+2200形の導入で雑多な2連が淘汰されてしまい、廃車された車両が残っているのか、撮影に期待は持てません…

第697話 1993年日立:電車の整理整頓!!(その4)

そろそろ撮影場所を移動しようと思っていたら、今度は常北太田行が2連でやって来ました。つい先ほど、鮎川行も2連でしたが、どういことなのか? 1.モハ16+モハ9 (川中子~大橋:1993年3月) 実は後ろのモハ9の入庫回送を兼ねた2連でした。先程クハ109+モ…

第696話 1993年日立:電車の整理整頓!!(その3)

この日は少し霞んだ天気でしたが、せっかく2年ぶりの訪問なので久慈浜方面へ歩きながら撮影を続けました。とは、言うものの、日中の日立電鉄は単行のワンマンカーしか走っておらず、2,3列車撮影すればもう十分です。 1.モハ16 (常北太田~小沢:1993年3…

第695話 1993年日立:電車の整理整頓!!(その2)

この時点の日立電鉄は、すでにモハ1000形やクハ2500形などの雑多な車両はほとんどいなくなっており、魅力半減でしたが、在籍車両を確認するため常北太田に向かいました。 1.モハ9 (常北太田:1993年3月) この日はモハ9も運用されていました。この車両は…

第694話 1993年日立:電車の整理整頓!!

1993年3月、日立電鉄の訪問は2年ぶりでした。2年前は日立電鉄の車両がいよいよ置き換えとなる噂を聞いて、あわてて撮影に出向きましたが、その後は一斉置き換えではなく、パラパラと置き換えが進んだため、つい油断してしまい、気が付けば2年が経っていまし…

第693話 1992年近鉄(養老):近鉄養老院再訪問(その4)

実は、正直申しまして今回の撮影は、お隣の近鉄北勢線の撮影と掛け持ちでした。 この撮影の翌日は北勢線の220系のお別れ運転があり、私はイベントが嫌いなのですが、今回はどちらかと言えば北勢線の方がメインでした。いくら元特急車と言えども、私個人的に…