ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第510話 番外編:NDC考察(その11)

NDCは、ローカル線向けに開発された安価な気動車ですが、転じて一般型気動車にもその発想が展開されました。ある意味では当然のことですが、その代表例が関東鉄道常総線に1993年から導入されたキハ2100形でした。 当ブログでは、関東鉄道常総線の古い車両を…

第509話 番外編:NDC考察(その10)

今回は、当ブログの本題である「ローカル線の回顧録」にも関わりが深い、民営鉄道に導入されたNDCについておさらいです。 NDCの拡販は、元々が「落穂拾い」でしたが、新規開業の第三セクター化路線も先が見え、なかなか厳しい状況で更なる「落穂拾い」が続き…

第508話 番外編:NDC考察(その9)

北海道ではさんざんな結果となったNDCでしたが、本州以西の地域では結構受け入れられたようです。その成果が見えたのがJR各社のNDC導入です。しかしながら、かつて国鉄時代の制式に対するこだわりもJRにはなくなってしまったようで、民営化されて考え方が刷…

第507話 番外編:NDC考察(その8)

さて、NDCのアレンジバージョンで行き着いたのが優等列車用でした。 そもそもローカル線なのになぜ優等列車が必要なのか?仮にJRが路線の運行を引き継いでいたとして、優等列車など走らせたのだろうか?しかしそこには、第三セクターを立ち上げた地元の熱意…

第506話 番外編:NDC考察(その7)

NDCの標準タイプが出そろうと、次はアレンジバージョンが現れました。それがJR北海道向けに初の酷寒地用NDCとなったキハ130形です。 キハ130形は日高本線に11両が導入されました。アイボリーに緑と水色のラインがいかにも軽快そうで、とても酷寒地の車両と思…

第505話 番外編:NDC考察(その6)

1987年時点でNDC一般車のラインナップはほぼ確立したと言えます。これから後は、いよいよNDCの量産となり、18m級NDCを採用した秋田内陸縦貫鉄道と16m級NDCを採用した松浦鉄道に続きます。 1.秋田内陸縦貫鉄道AN-8800形 秋田内陸縦貫鉄道は、1986年に元 国…

第504話 番外編:NDC考察(その5)

次に、この車両をNDCと言えるか微妙ですが、NDCの異端車として位置づけされる、土佐くろしお鉄道TKT-8000形です。 鉄道車両は自動車と違い、納入先の地域性やユーザー要望を重んじる慣習があり、なかなか車種の統一が難しく、せいぜい搭載部品や作り方の標準…

第503話 番外編:NDC考察(その4)

今回は、NDC第2作以降の実車の話題です。 由利高原鉄道YR-1000形で現実化されたNDCですが、まだ確定版とは言えませんでした。続く第2作目も迷走状態ですが、ようやく馴染みがある形態の登場です。 1.南阿蘇鉄道MT-2000形カタログの抜粋 NDC第2弾は、はるか…

第502話 番外編:NDC考察(その3)

今回は、新潟鐵工の第三セクター向け気動車の第2弾となった神岡鉄道向けKM-100形、KM-150形と、第3弾となった由利高原向けYR-1000形の話題です。 1.新潟鐵工NDCのPRパンフレット抜粋 このパースは、新潟鐵工NDCのPRパンフレットに掲載されていた…

号外:令和3年

明けましておめでとうございます。 昨年中は当ブログをご笑読頂きまして、誠にありがとうございました。本年も宜しくお願い致します。 さて、昨年末から自粛続きで、今年は初詣にも行かず、代わりに私の地元である飛鳥山公園の都電保存車を拝んで来ました。…

第501話 番外編:NDC考察(その2)

第500話では、NDC模索期の概要をメーカーパンフレットで辿ってみましたが、今回から実車の変遷を各車のカタログで辿ってみたいと思います。 まずは、NDCの基礎となった三陸鉄道の36形です。この車両は、それまでの国鉄制式気動車の呪縛から解き放された記念…

第500話 番外編:NDC考察

令和2年は年の瀬を迎え、コロナ感染は一向に終息の気配が感じられませんが、おかげさまで第500話に到達しました。 今回も節目の番外編ですが、今回は昨今の高級なハイブリッドDCや電気式DCに疑問を感じ、これからの気動車がこれで良いのか?と思いつつ、今一…

第499話 1986年上田交通:丸窓たちとの別れ(その2)

いよいよ上田交通の「丸窓」も最後が近づいて来ました。 この日の午後は、いつもの田園地帯に移動して、「丸窓」たちの最後の活躍を撮影しました。 塩田平はまさに実りの秋でした。これから晩秋にかけてが上田交通の最も映える季節ですが、私にとっては、も…

第498話 1986年上田交通:丸窓たちとの別れ

1986年9月の北陸地方ローカル私鉄早回りのついでに、間もなく昇圧されて新装開店する上田交通別所線に寄りました。目的は600Vの旧型車の見納めでした。 1.クハ5251、クハ5051 (下之郷:1986年9月) 新設された下之郷の車庫には、1500V車がすでにスタンバ…

第497話 1990年片上:山陽路ローカル私鉄の落日(その6)

かつて山陽路には、多くの私鉄が存在していました。その大半は非電化私鉄でしたが、昭和30~40年代には廃止されてしまい、1990年まで残っていたのは広電と岡電を除くと、片上鉄道、下津井電鉄、水島臨海鉄道の3社だけでした。しかし、下津井電鉄はこの翌日で…

第496話 1990年片上:山陽路ローカル私鉄の落日(その5)

片上鉄道撮影2日目の午後は、河本から備前塩田方向に移動しました。この区間も前日撮影したところですが、前日は夕方で陽が射していませんでした。この日は十分に陽も射しており、前日のリベンジです。 1.キハ802 (備前矢田~河本:1990年12月) 午前中運…

第495話 1990年片上:山陽路ローカル私鉄の落日(その4)

片上鉄道の和気から柵原方面は吉井川に沿って線路が敷設されていました。途中、吉井川を2度渡りますが、沿線には大きな街もなく、鉱山の衰退は鉱山鉄道である片上鉄道を直撃しました。とても旅客だけではやっていけません。このあたりの実情は、当時の栗原…

第494話 1990年片上:山陽路ローカル私鉄の落日(その3)

2日目の朝は、非常に寒い朝でした。日の出と共に霜が降り、一面真っ白になりました。撮影の合間は中山駅の待合室で寒さをしのぎました。 1.キハ312 (中山:1990年12月) 中山駅は絵になる無人駅でした。有名な中山サーキットの近くですが、この駅を利用す…

第493話 1990年片上:山陽路ローカル私鉄の落日(その2)

貨物輸送がなくなってしまった片上鉄道でしたが、機関車牽引の客車列車は残っていました。もう客車列車を残す理由もないようですが、車両のやり繰りがつかなかったのでしょうか。 1.DD13-552+ホハフ3001+ホハフ3002 (片上:1990年12月) 撮影初日の最後は…

第492話 1990年片上:山陽路ローカル私鉄の落日

1987年に片上鉄道が廃止を表明し、その後地元の存続対策協議会の働きにより、存続に向けた3年間の試行期間が決定され、1991年3月までは生き延びることとなりました。この間に片上鉄道の観光化などの具体的な動きがあったもののなかなか結論が出ず、間もなく3…

第491話 1991近鉄(北勢):モニの生き残りを求めて(その5)

近鉄北勢線の2日目です。この日は日曜日だったので朝のラッシュはなく、休日ダイヤで閑散としていました。 当然、220系もお休みです。 1.ク145+サ136+モ274 (上笠田~麻生田:1991年11月) これでは昨日と変わらないので、この日は場所を変えて撮影です。前…

第490話 1991近鉄(北勢):モニの生き残りを求めて(その4)

夕方になり、再び上笠田方面に戻って撮影です。陽が西に傾き、晩秋の色合いが濃くなって来ました。 1.ク134+サ135+モ277 (上笠田~麻生田:1991年11月) 森の中から、列車が出て来ました。赤い車体がおもちゃの様です。 2.モ277+サ135+ク134 (上笠田~楚原:…

第489話 1991近鉄(北勢):モニの生き残りを求めて(その3)

この日の撮影は、当然220系が目的でした。しかし、残念なことにこの日の運用には220系は入っていませんでした。そうなると同じ車両ばかり撮っていても仕方がありませんが、せっかくなので、ロケハンを兼ねて徘徊を続けました。 1.モ273+サ147+ク143 (麻生田…

第488話 1991近鉄(北勢):モニの生き残りを求めて(その2)

北勢線の走行撮影は、いつも上笠田周辺で行いました。他にも撮影ポイントはありますが、上笠田周辺は障害物もなく落ち着いて撮影できたからですが、現在は上笠田駅が廃止されて、楚原~麻生田間は駅がなく、駅間は3.7kmもあり、非常に不便な場所になっていま…

第487話 1991近鉄(北勢):モニの生き残りを求めて

1990年に下津井電鉄が廃止となり、軽便と言える鉄道は、とうとう近鉄の北勢線と内部・八王子線だけになってしまいました。しかし、いずれも大近鉄の路線であり、どうも軽便らしさが物足りません。それでも最後まで残ったモニの生き残りを求めて北勢に向かい…

第486話 1987年越後交通(長岡):復活の可能性を探る(その9)

1988年4月に行った越後交通長岡線の廃線跡探訪は、2日間掛けて大河津から西長岡まで歩きましたが、越後関原から西長岡までは、まだ現役の路線だったので、上除から先はまともな写真を撮らずじまいでした。なお、当時の現役区間はその前年に調査していました…

第485話 1988年越後交通(長岡):復活の可能性を探る(その8)

越後交通長岡線の廃線跡は、脇野町を過ぎると完全な無人地帯でした。この辺りは冬場は危険です。新潟交通もそうでしたが、地吹雪に遭遇したら、小説の「八甲田山死の彷徨」そのものになってしまいそうです。遭難したら田植えが始まる頃まで助けは来ないでし…

第484話 1988年越後交通(長岡):復活の可能性を探る(その7)

越後交通長岡線の路線は、越後平野の西端を丘陵に沿う様に敷設されました。よって、信濃川と丘陵に挟まれた狭い平地を通っており、沿線人口は希薄で、大きな街は与板町くらいでした。 与板から西長岡側は、信濃川が丘陵から離れて平地が広がるので、広大な田…

第483話 1988年越後交通(長岡):復活の可能性を探る(その6)

今回は、上与板から槇原までの廃線跡です。 越後交通長岡線は、与板市街地を過ぎると延々と広大な田園地帯を通ります。新潟交通の灰方付近にも似た雰囲気ですが、こちらは新潟交通よりもっと人気がありませんでした。 地図7.引用:国土地理院地形図1/25000…

第482話 1988年越後交通(長岡):復活の可能性を探る(その5)

越後交通長岡線は、結構路線が長く、この日は昼頃から歩き始めたので、与板辺りで夕方になりました。与板町を過ぎると延々と田園地帯に入り込んでしまうので、この日は与板までで引き上げることにしました。 今回は、与板付近の廃線跡です。 地図6.引用:…