この頃の有田鉄道はレールバスしか走らない鉄道になっていました。なんだか南部縦貫鉄道と競うジリ貧鉄道になってしまいましたが、有田鉄道は休日運休と言いう必殺技で生き延びていました。
1.ハイモ101 (藤並:1996年2月)

よって、この日は休日ではなく土曜日です。もし、土曜日も運休になったら、会社を休まないと有田鉄道には乗れなくなってしまいます。そんな危機感があったのか、1年ぶりの訪問でした。
2.ハイモ101 (藤並:1996年2月)

有田鉄道の休日運休は、1995年3月のダイヤ改正からでした。もう1年になりますが、休日運休は利用者に定着したのか、それとも、あきらめられたのか?
ちなみに、この時点で平日の列車の運行は4往復、バスは20往復でした。そのうち、5往復のバスは湯浅まで運行されており、かつて列車のJR湯浅乗り入れの代行が継続されていました。
3.ハイモ101 (藤並:1996年2月)

まもなく、藤並折り返しの始発が出発します。この写真を撮ったらレールバスに乗車して下津野へ向かいます。写真のレールバスには運転士さんの姿が見えますが、この時点で鉄道専業の従業員は1名体制とのことで、この運転士さんが車両の点検・清掃から駅務まで行っていたそうです。この方が倒れたらどうなってしまうのでしょうか。それを思うと、納得の休日運休です。
4.ハイモ101 (下津野~御霊:1996年2月)

さて、下津野で下車したのは午前中の列車を撮影するためでした。この頃、午前中に3往復の列車が運行されていましたが、あと2往復の列車が撮影できます。しかし、天気が怪しくなってきました。
5.ハイモ101 (御霊~下津野:1996年2月)

さて、ここはかつて、ミカン畑だったはずですが、土砂が盛られて荒れ地になっていました。しかし、腕木式の信号機があるので、とりあえずここで撮影です。それにしても、このレールバスと腕木式信号機はとてもアンバランスです。
6.ハイモ101 (下津野~御霊:1996年2月)

やはり、レールバスではなくキハ58003の方が様になりますが、果たしてキハ58003が走ることはあるのか?
7.ハイモ101 (下津野~田殿口:1996年2月)

この日の午前中最後の列車は、ミカン畑で撮影しましたが、この時期はミカンが実っておらず、残念な写真になりました。この後は夕方4時頃にこの日の最終列車が1往復走りますが、6時間も空いてしまうので、どう考えても撤収です。よって、このまま藤並まで歩いて戻りました。