有田鉄道は、1992年12月にJR紀勢本線湯浅への乗り入れを廃止し、全長5.6kmの路線を往復するだけの零細ローカル線になってしまいました。もう廃止のカウントダウンが始まったのかと思いましたが、どっこい、これからがしぶとかったです。そんな有田鉄道を久々に訪問しました。
1.キハ58003 (藤並:1993年7月)
湯浅への乗り入れがなくなったので、もう不経済な国鉄型車両で運行する必要もなくなりましたが、悲しいことに、有田鉄道には、このクラスの車両しかありませんでした。
2.キハ58003 (藤並:1993年7月)
しかし、有田鉄道は先見の眼差しがあったのか、このキハ58形は1台エンジン化されていたので、それが唯一の慰めです。
3.キハ58003 (金屋口:1993年7月)
しかし、この頃にどの程度の利用客がいたのか、デッキ付きの20m車の運行は、やはりもったいないの極みでした。
4.キハ58003 (金屋口:1993年7月)
しかも、走りながら朽ちています。ドア横の誇らしかった「有田鉄道」のサボが悲しげです。
5.キハ58003 (金屋口:1993年7月)
悲しい気分でキハ58003の写真を撮っていましたが、後方のガレージには、何かいる様な・・・。
6.金屋口構内 (金屋口:1993年7月)
たしか、このガレージには使用されなくなったDLが保管されていましたが、そのDLは、更に後方の旧貨物ホームに追い出されているのが見えます。
ガレージに近寄ってみると、確かに何かいます。まさかバス?良く見るとどこかで見た様な塗装です。
7.ハイモ180-101 (金屋口:1993年7月)
もっと近寄ると、ひょっこりレールバス!!でした。
何と樽見鉄道のハイモです。塗装は紛れもなく樽見鉄道そのもの。しかし、すでに行き先表示は金屋口となっており、前面のエンブレムは有田鉄道の社章が・・・。
いつの間に入線していたのか?この日、偶然にもレールバスの存在を初めて知りました。しかし、まだ営業投入はされていませんでした。やはり、有田鉄道もいつまでもキハ58と言うわけではなかったと言うことですが、この車両の導入を見る限り、廃止どころか、まだまだやる気満々です。