ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

2024-01-01から1年間の記事一覧

第1174話 1997年南部縦貫:オッと、続行運転!!(その3)

この日の撮影は午後からでしたが、坪川から西千曳まで歩きながら撮影を行いました。そして、予期せぬ続行列車のお陰で、予定よりも多くの写真が撮れました。 1.キハ101 (西千曳~後平:1997年4月) 後平から西千曳までは、鬱蒼とした森の中に線路が敷かれ…

第1173話 1997年南部縦貫:オッと、続行運転!!(その2)

この日の南部縦貫鉄道は乗客が多かったとは言え、レールバスを続行運転していたとは驚きでした。そんなに人が集まるとは、改めてレールバスの人気を実感しましたが、私も含めて、なくなる時に集まっても意味がありません。 1.キハ101 (道ノ上~坪川:1997…

第1172話 1997年南部縦貫:オッと、続行運転!!

南部縦貫鉄道が営業運転を休止したのは1997年5月でした。早いもので、もう27年前のことです。あくまでも休止と言うことで廃止ではありませんでしたが、走れば走るほど赤字が膨らむので、やむを得ない判断だった様です。とうとう「メルヘンの世界」は現実に負…

第1171話 1994年野上:撮影禁止令布告(その4)

朝のラッシュが終わり、日方に戻りました。今回は車庫の様子です。しかし、この頃になると、車庫内の立ち入りは許可されず、日方駅、列車内の「撮影禁止令」が布告されていました。ならば、車庫の外から撮影です。 1.モハ31+モハ32 (日方:1994年2月) こ…

第1170話 1994年野上:撮影禁止令布告(その3)

野上電鉄の廃止まで、残すところ1か月ほどでしたが、この日は意外にもマニア風の人を見ませんでした。いつもと変わらぬ日常を撮影できたので、それは結構なことですが、誰からも相手にされていない様で、逆に哀れに思いました。 1.モハ27 (動木~野上中:…

第1169話 1994年野上:撮影禁止令布告(その2)

早朝から下佐々周辺で撮影していたので、少し休憩をとるため撮影の合間に、終点の登山口へ行ってみました。 1.登山口駅 (登山口:1994年2月) 登山口は閑散としていました。この駅は、ここから紀伊山地の山間へ向かうバスの中継地ですが、電車が廃止され…

第1168話 1994年野上:撮影禁止令布告

今回は、野上電鉄の廃止まであと1か月少々となった1994年2月下旬の様子です。この日も海南で前泊して、早朝の出庫バスで野上谷へ向かいました。 1.デ13 (下佐々~竜光寺前:1994年2月) まずは、下佐々付近で撮影ですが、まだ完全に陽が昇っておらず、海…

号外:たまには新車を見に行こう!!(その3)

鶴見線の大川を訪問したあとは、まだ午前9時ですが、浜川崎経由で早々に帰宅です。・・・と、言うのも、ラッシュアワーを過ぎた鶴見線は、途端にローカル線になるからです。列車の本数があれば、海芝浦や扇町にも行ってみようと思いますが、乗った電車で戻ら…

号外:たまには新車を見に行こう!!(その2)

久々の鶴見線大川駅ですが、ずいぶん前に息子を連れて休日の暇つぶしに大川を訪れたことがありました。ちょうど息子が電車に興味を持ち始めたころだったので、その時は鶴見線をただ乗るだけでしたが、すでにクモハ12形はなく、103系に代わって205系が走って…

号外:たまには新車を見に行こう!!

先月の桜の開花が足踏みをしている頃、平日に休暇が取れたので、朝からぶらっと出かけました。ちょうどラッシュアワーだったので、いつものように出勤感覚で京浜東北線に乗ったものの、さてどこに行こうか? たまたま乗った電車は鶴見行でした。そう言えば、…

第1167話 1995年水島臨海:あの苦言の波及効果(その4)

とうとう水島臨海にもNDCが投入されました。時代の流れなのか、それもやむを得ません。これでまた趣味の対象が減ってしまいます。でも、廃線で減ってしまうよりはマシですが・・・。 1.キハ208+キハ20形 (球場前~倉敷市:1995年8月) さて、この日はまだ…

第1166話 1995年水島臨海:あの苦言の波及効果(その3)

さて、今回は気動車の話題です。いつものキハ20形ばかりと言いたいところですが、あの苦言の波及効果で、とうとう新車が入ってしまいました。 1.キハ206 (倉敷貨物ターミナル:1995年8月) 新車が増備されれば、このキハ20形は当然廃車となる運命ですが、…

第1165話 1995年水島臨海:あの苦言の波及効果(その2)

今回も水島臨海鉄道の機関車の話題です。 1.DD501 (倉敷貨物ターミナル:1995年8月) DD501もDD506も見た目は実に平凡で、まったく興味の沸かない機関車でしたが、それ以外の機関車はどうかと言えば、DD504,505あたりは、やや個性的な機関車でした。 2.…

第1164話 1995年水島臨海:あの苦言の波及効果

水島臨海鉄道の車両の実態については、第715話~第718話でお伝えしましたように、偉い人からボロいと苦言を呈されるほどでしたが、あの苦言の波及効果が、なんと新車導入となって数年後に現実となりました。 1.DD501、DD506 (倉敷貨物ターミナル:1995年8…

第1163話 1995年新潟交通:日車標準タイプの牙城(その3)

新潟交通との付き合いは1980年代からです。1987~88年頃は長期出張で新潟に住んでいたので、その頃は最も精力的に新潟交通の撮影をしていましたが、越後らしい風景に拘っていたので撮影は燕側に集中しており、新潟側はほとんど写真がありません。 1.モハ12…

第1162話 1995年新潟交通:日車標準タイプの牙城(その2)

東関屋の車庫を訪問した後に、信濃川の関屋分水でラッシュ時の列車を撮影しました。路線短縮後は、列車を撮影する場所がかなり限定されました。2連をしっかり撮影するとなれば、この関屋分水の橋梁がベストです。 1.モハ14+クハ46 (東関屋~東青山:1995…

第1161話 1995年新潟交通:日車標準タイプの牙城

1995年のことです。新潟交通の燕~月潟間が廃止となり2年が経ちました。この間、1994年に一度だけ東関屋の様子を伺いに出向きましたが、その日は時間がなかったので、路線短縮後の在籍車両を確認することが出来ませんでした。その後、新潟へ出張する機会があ…

第1160話 1995年能勢:阪急電車をいじる(その2)

今回は前話から5年後の1995年の能勢電です。この5年間で能勢電は大きく変わっていました。すでに吊掛車はいませんでした。そして、謎の「妙見フェスタ」・・・・。 1.1000系 (平野:1995年8月) 相変わらず、平野車庫はギュウギュウ詰めでしたが、この電…

第1159話 1990年能勢:阪急電車をいじる

いまや梅田へ直通特急も走る能勢電ですが、私が初めて能勢電に乗ったのは、5歳くらいの頃でした。その頃の能勢電は強烈なボロ電車だった様な記憶がありますが、すでに阪急電車の姨捨山状態でした。あれから半世紀以上経ち、現在は阪急の一支線の様な存在とな…

第1158話 1993-94年広島:広電の3100形(その3)

3100形の撮影は、やはり宮島線の阿品あたりが妥当でした。この電車も2000形同様の日車トーションバー台車を履いていました。宮島線では、かん高い吊掛音で力走する様子がとても活き活きとしていました。 1.3103編成 (阿品東~地御前:1994年5月) 3103編…

第1157話 1993-94年広島:広電の3100形(その2)

今回は、3100形の走行撮影です。この頃はすでに新系列の軽快電車がかなり増えていたので、3連接の先輩である3000形がそろそろ主力から退き始めていましたが、3100形は全車ともバリバリ働いていました。 1.3102編成 (高須~東高須:1993年2月) 私は2500形…

第1156話 1993-94年広島:広電の3100形

以前より、1993年~1994年頃に活躍していた広電の電車を、形式ごとに話題に上げていますが、今回は3100形です。3100形は元々市内線と宮島線の直通用に製造された2連接の2500形でした。輸送需要の急激な増加で単車だった2000形が2連化された後、2500形は1986…

第1155話 1994年京福(越前):田んぼでブラブラ(その4)

この日も日没ギリギリまで越前本線の撮影を行いました。3日間かけて越前本線と永平寺線の撮影を行ないましたが、撮影枚数が多かったので、5回のシリーズにわけてご覧頂きましたが、今回のシリーズでようやく終わりです。 1.モハ2011 (光明寺~轟:1994年5…

第1154話 1994年京福(越前):田んぼでブラブラ(その3)

前話では、越前本線の保田~発坂間の沿線撮影の様子をお伝えしましたが、その後は永平寺線に出向いてモハ252の撮影を行いました。その時の様子は、すでに第880話でお伝え済みですが、更にその後に、再び越前本線に戻って日没近くまで撮影を続けました。 1.…

第1153話 1994年京福(越前):田んぼでブラブラ(その2)

京福越前本線の撮影は、保田~発坂間の田んぼをブラブラしながら続きます。 お昼に近づき、陽の向きが変わると、背景に残雪の白山連邦が望めます。この年は雪解けが遅く、この数日前の立山砂防では、まだ全線開通していませんでした。その立山砂防の様子は、…

第1152話 1994年京福(越前):田んぼでブラブラ

1994年GWの北陸地方のローカル私鉄早回りは、前半の天気が悪かったため、立山砂防や富山地鉄の撮影が非常に淡白となり、後半の福井あたりで日程に余裕が生じました。このため、いつもはパス同然の京福越前本線で予定以上の足踏みをしてしまい、その結果いっ…

第1151話 1990年西大寺+α:山陽路保存車の落穂拾い(その6)

今回は「山陽路保存車の落穂拾い」の最後である西大寺鉄道です。西大寺鉄道の廃止は1962年であり、当然私は現役時代を知りませんが、1979年に廃止後も放置されていた貴重な単端式気動車を見るため西大寺を訪れた事がありました。その時の様子は、第520話でお…

第1150話 1994年防石:山陽路保存車の落穂拾い(その5)

かつての山陽路にはマイナーなローカル私鉄がパラパラと存在しました。昭和の晩年や平成まで残った路線や軽便鉄道は結構メジャーですが、例えば、玉野市営、三蟠鉄道、鞆鉄道、尾道鉄道、防石鉄道、船木鉄道、長門鉄道などは、そんな鉄道があったことすら忘…

第1149話 1994年呉市交:山陽路保存車の落穂拾い(その4)

今回は超マイナーな呉市電の保存車です。呉市電は1967年に廃止となり、もう半世紀以上も昔の話しです。そもそも呉市電を知る人がどのくらいいるのかわかりませんが、普通の人なら、呉と言えば、「戦艦大和」か「仁義なき戦い」です。ちなみに、私が呉市電を…

第1148話 1993年井笠:山陽路保存車の落穂拾い(その3)

井笠鉄道が廃止されたのは1971年でした。当時私は小学校2年生で西宮に住んでいたので現物に乗ることも見ることもありませんでした。しかし、1979年に廃止後も放置されていた鬮場車庫と、そこに保管されていた車両を見に行く機会があり、辛うじて現物の軽便車…