ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1288話 1996年近江:思わぬ車歴の呪縛(その2)

近江鉄道日野駅で、とんでもない廃車体を見つけてしまい、思わぬ車歴の呪縛に取り憑かれてしまいましたが、日野で下車したついでに、日野から貴生川方面に向けて歩きながら撮影を行うことにしました。

 

1.モハ225 (水口松尾~日野:1996年11月)

貴生川線は、日野辺りまでは平坦な田園地帯が広がりますが、この先は丘陵地帯に入ります。そして、この先は人口も希薄となり、駅間も長くなり、いよいよお荷物路線の様相です。

 

2.モハ225 (水口松尾~日野:1996年11月)

一時期、この路線の赤字対策でレールバスが導入されましたが、まだその頃は通学などのラッシュ輸送があり、電車が必要だったため非電化にならず、結果的に、レールバスを元の電車に戻してしまいました。それは今思うと、レールバスの導入が時期尚早だった様で、モハ220形の登場となるわけですが、その後も輸送需要は減少の一途を辿っています。

 

3.モハ500形+クハ1500形 (水口松尾~日野:1996年11月)

日野~水口松尾間には峠越があります。日野側の峠を俯瞰できる丘に登ってみました。やって来たのは500系2連でした。

 

4.モハ500形+クハ1500形 (水口松尾~日野:1996年11月)

特に混んでいるわけではありませんが、全ての電車が共通運用になっているようなので、輸送力過剰?な2連も閑散時に走りました。しかし、今後はもっと輸送力過剰な大型車ばかりとなるので、頭が痛いのでは・・・。

 

5.モハ500形+クハ1500形 (水口松尾~日野:1996年11月)

この日、貴生川線の沿線を初めて歩きましたが、この沿線の近江鉄道の写真は鉄道誌にもほとんど掲載されておらず、どんな場所なのか全く想像もつきませんでした。今回の投稿写真を見て頂くとお分かりの様に、なかなか撮影し辛い路線です。

 

6.モハ221 (水口松尾~日野:1996年11月)

この付近には人家が見当たりません。人っ子一人おらず心細くなりました。峠の途中に農業用の溜池がありました。この場所は撮影ポイントとしては微妙なロケーションですが、他に良い場所がありません。こんどはモハ220形の単行です。この電車は、レールバスの代替として、まさにここを走るために導入された近江鉄道お手製の電車です。

 

7.モハ221 (水口松尾~日野:1996年11月)

モハ220形は16m級の小型電車ですが、この電車の輸送力で足りてしまうほどの輸送需要ということは、やはり存続に疑問ありの路線でした。