ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

2024-10-01から1ヶ月間の記事一覧

第1266話 1994年野上:解散決定!!(その2)

この日は天気が良くありませんでした。しかし、野上電鉄の廃止まで、あと10日ほどとなり、私にとって限られた撮影日なので仕方ありません。 1.モハ27 (登山口~下佐々:1994年3月) そして、今回も登山口から沿線撮影に出発です。曇り空を逆手に取って、…

第1265話 1994年野上:解散決定!!

平成6年(1994年)3月8日、野上電鉄の会社解散の認可がおりました。これによって、路線廃止が平成6年3月31日に確定しました。そんな情報を入手し、廃止の10日ほど前に滞在先の広島から、休日を利用して野上谷を目指しました。 1.モハ27 (登山口:1994年3…

第1264話 1997年南部縦貫:皮肉な輸送力不足(その3)

南部縦貫鉄道は、西千曳から後平方面へ長い森を抜けると、広大な農地が広がる台地に出ます。西千曳~後平間は3.4㎞ですが、変化に富んだ風景が濃縮された区間でした。 1.キハ101 (後平~西千曳:1997年4月) 後平に近づくと民家が見え始めて、ようやく人…

第1263話 1997年南部縦貫:皮肉な輸送力不足(その2)

南部縦貫鉄道の沿線は撮影2日目も穏やかな晴天となりました。こういう日は撮影に気合が入ります。この日は西千曳から坪方面へ歩きました。列車が来る時刻に合わせて良い撮影ポイントを探さなければなりませんが、西千曳~後平間は、線路が森の中を通っている…

第1262話 1997年南部縦貫:皮肉な輸送力不足

南部縦貫鉄道が休止となる1997年のGWに現地に向かいました。その時の様子は、第1172話~第1174話でもお伝えしましたが、今回はその続きの撮影2日目です。 1.キハ102 (西千曳~野辺地:1997年4月) この前日は坪川から西千曳まで歩きながら午後の列車を撮…

第1261話 1995年紀の川流域:材木、鉱石、砂利の時代を偲ぶ(その3)

今回は川端貨物線ではありませんが、少し西へ移動して、橋本界隈にあった貨物線の話題です。「シーナリーガイド」には「砂利とり線」として、紀ノ川口貨物駅の記事が紹介されています。紀ノ川口貨物駅は国鉄ではなく、南海電鉄の砂利採取線でした。 1.「シ…

第1260話 1996年紀の川流域:材木、鉱石、砂利の時代を偲ぶ(その2)

今回も、川端貨物線の続きですが、廃止となった川端貨物駅の1996年1月当時の状況です。 1.「シーナリーガイド」から引用 これが私の印象に残った「シーナリーガイド」の国鉄川端駅の記事です。そもそも、こんな田舎(失礼!)に、どうして貨物駅が存在した…

第1259話 1996年紀の川流域:材木、鉱石、砂利の時代を偲ぶ

1996年頃、私は大阪に転勤しており、暇があれば南海電車の21000形を追いかけて橋本あたりをウロウロしていました。そんなある日、JR和歌山線に乗っていて、大和二見駅を通り過ぎた時に、ふと、国鉄川端駅のことを思い出しました。 それは、はるか昔に読んだ…

第1258話 1995年新潟交通:つまらない残存区間(その3)

この頃の新潟交通は、沿線撮影はつまらなくても、東関屋の車庫に行けば、まだ面白い車両に出会えました。 1.モハ2230+モハ2229 (東関屋:1995年9月) 例えば、モハ2220形などは、元小田急2200形そのままですが、ワンマン化や軌道線用の排障器付の変わりモ…

第1257話 1995年新潟交通:つまらない残存区間(その2)

久しぶりに中ノ口川沿いを歩きながら新潟交通の撮影を続けましたが、全くつまらない残存区間です。おまけに天気が曇って来ました。適当に切り上げて、路線短縮後の終点である月潟まで行ってみることにしました。 1.モハ18 (七穂~板井:1995年9月) 全く…

第1256話 1995年新潟交通:つまらない残存区間

1995年9月、久々に新潟交通の本線撮影に出向きました。これは第1161話~第1163話の続きです。1993年7月に新潟交通電車線の燕~月潟間が廃止されてからすでに2年が経っていました。 1.モハ19 (木場:1995年9月) まず向かったのは、木場でした。でも、目的…

号外2024.10.10:いまだ緊張の瑞穂橋界隈(その4)

瑞穂ふ頭の引込線探訪は、そこに引込線があることを確認できましたが、肝心なふ頭部分の現物(横浜ノース・ドック内)を実見できないという、とても中途半端な結果に終わってしまいました。しかし、米軍接収地の一部返還によって、瑞穂橋(鉄道橋)の撮影が…

号外2024.10.08:いまだ緊張の瑞穂橋界隈(その3)

いよいよ緊張の瑞穂橋です。この日は休日でしたが、気持ち悪いほど人がいません・・・と言うか、やはり、この辺りは近づいてはいけない場所なのかも。しかし、来てしまったからには、進むしかありません。 地図1.高島線及び廃線跡撮影地点 (引用:国土地…

号外2024.10.06:いまだ緊張の瑞穂橋界隈(その2)

とりあえず、百聞は一見にしかずでやってきた東神奈川でしたが、瑞穂ふ頭の引込線は撤去されずに残っている様でした。今回は、いよいよ瑞穂ふ頭に向けて引込線を進みます。この引込線は2021年10月まで米軍の管理下に置かれていました。現在は返還されてJR貨…

号外2024.10.05:いまだ緊張の瑞穂橋界隈

今回の号外は、横浜港湾地帯の廃線跡探訪第2弾です。前回は新子安から新興方面に向けて旧新興支線(便宜上の名称)の廃線跡を歩きましたが、今回は東神奈川から瑞穂ふ頭方面へ歩きました。 地図1.横浜港湾周辺図(引用:国土地理院1/25000地形図「横浜東部…

第1255話 1993-94年広島:元祖軽快電車の余生(その2)

この頃の3500形は完全に異端車になっていましたが、まだ捨てるには勿体ないので、平日の朝に宮島線内の限定運用に使用されていた様です。しかし、サラリーマンの私にとって、平日の朝では撮影が極めて困難でした。 1.3501編成 (荒手車庫:1994年7月) よ…

第1254話 1993-94年広島:元祖軽快電車の余生

1990年代の広電の車両について、ときどき形式ごとにその頃の様子をお伝えしていますが、もう古い車両のネタがなくなったので、今回は新しい?3500形です。 さて、3500形と言えば、元祖軽快電車です。すでに「軽快電車」という言葉が死語と化していますが、広…