以前より1993~94年頃の広電の車両について、形式ごとに当時の様子をお伝えしていますが、そろそろ古い車両のネタがなくなってきたので、今回は当時の新しい車両です。新しいと言っても、もう30年以上も前の話題ですが・・・。
さて、広電に軽快電車が登場したのは1980年でした。路面電車の未来を背負って登場した軽快電車は、その期待も大きかったのですが、なかなか量産車が現れず、どうしたものかと思っていたら、突如2年後の1982年に市内線用の新型700形が登場しました。この700形は車両形式としては2代目ですが、27年ぶりとなるオリジナルの市内線専用車でした。私はこれでようやく広電の新しい時代が始まったと思いました。
1.703 (本川町~原爆ドーム前:1993年7月)

ところが、この700形は外観こそ軽快電車そのものでしたが、その正体は、走ると轟音が轟く吊掛車でした。なにやら臓物は大阪市電の中古品流用だそうで、お隣の岡電さんの電車と同じ、見た目だけ軽快電車の、すなわちニセ軽快電車です。
2.701 (八丁堀:1993年8月)

どうやら、なかなか量産化に踏ん切りがつかない軽快電車に痺れを切らしてしまい、とうとうニセモノが登場してしまいました。これには参りました。もしかして、吊掛車が大好きな広電さんは軽快電車を諦めてしまったのか?。
3.703 (宇品:1993年12月)

でも、この電車の登場は正解だったと思います。いつまでたっても量産されない軽快電車に、皆さん不信感を抱き始めていた頃でしたが、700形の登場で元祖軽快電車3500形の不信感はみごとに払拭できたものと思います。臓物はどうであれ、見てくれが新しければ立派な新車です。利用者にとっては、べつに本物の軽快電車であろがなかろうが、どうでもいいことです。広電さんは岡電さんを見習ったのか?。しかし、この年に熊本市交ではVVVFの路面電車がデビューしており、広電さんはこれを黙って見過ごしていたわけではありません。
4.704 (宇品:1994年2月)

そして、その翌年の1983年には念願のチョッパ車である本物の軽快電車800形が市内線に登場しました。ところが、この800形は2両同時に導入されたものの、どうやらこれはお試し導入だったようで、スタイルは700形とほとんど同じ。しかも、吊掛車である700形2次車もこの年に3両が同時に増備されました。よって、800形の導入は単なるパフォーマンスだったのか、軽快電車の増備は、はしばらく臥薪嘗胆が続きました。
5.713 (宇品:1993年11月)

ところで、宮島線直通車には軽快電車登場から4年後の1984年に3700形と言う3連接車がようやく登場しました。しかし、3700形はチョッパ車にあらず、さすがにこれはカルダン車でしたが、抵抗制御車なので軽快電車ではなく、軽快電車モドキでした。いったい本物の軽快電車はどうなってしまったのか?。その3700形が転じて、1985年に市内線用に導入されたのは800形ではなく、なんと抵抗制御のカルダン車である700形3次車でした。こんどは臓物も台車も新調したものなので、3次車はニセ軽快電車から軽快電車モドキに昇格しました。
6.714 (原爆ドーム前~本川町:1993年8月)

やはり、カルダン車となった700形3次車の走りは軽快です。まさに軽快電車モドキです。しかし、700形は吊掛車7両、カルダン車4両の合計11両で製造打ち止めとなりました。理由は今度こそ本物の軽快電車800形の量産化に目途が立ったからです。しかし、800形の増備車は1987年までお預けでした。
7.711 (稲荷町~銀山町:1993年8月)

結局、700形(注1)は吊掛車とカルダン車が混在する不思議な車両となりました。ところで、吊掛車で製造された700形1、2次車はカルダン化されることなく現在も吊掛車のまま現存しています。これが広電に最後まで残る吊掛車になるのでしょうか?。
(注1)700形の車歴
・1次車(吊掛車):広電701~704:1982年アルナ工機製
・2次車(吊掛車):広電705~707:1983年アルナ工機製
・3次車(カルダン車):広電710~714:1985年アルナ工機製
※カルダン車の3次車は、吊掛車の1,2次車と区別するため、車号は710~714となりました。708,709は欠番です。