ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第270話 1988年伊豆箱根(大雄山):足柄に集う旧国の末裔たち(その2)

1988年11月の秋晴れの日に、再び大雄山を訪問しました。

この日は天気が良かったので、まずは走行撮影です。撮影場所は前回訪問時に目を付けておいた飯田岡~相模沼田間の田園地帯です。

 

1.モハ163+モハ164+クハ185 (飯田岡~相模沼田:1988年11月)

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 大雄山線は、単線で路線長は9.6kmの小路線ですが、列車間隔は日中でも12分ヘッドで、果たしてローカル線と言えるのか微妙な路線です。しかし、小田原を出ると沿線はすぐにこんな感じとなり、車両もモハ160形が走っていればローカルと言えるでしょう。

 

2.モハ163+モハ164+クハ185 (飯田岡~相模沼田:1988年11月)

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ところで、この路線はそもそも通勤路線なのか、何なのか、不思議な路線です。小田原が起点ですが、人口の少ない山の方に向かっており、沿線にはフジフィルムの工場はありますがそのための通勤路線とも思えません。元々は終点の大雄山の先にある道了尊で有名?な最乗寺への参拝客輸送を目論んだ路線ですが、最乗寺へは大雄山からバスに乗り換えなければ、歩いて行ける場所ではありませんし、果たして、この路線に乗って最乗寺に行く参拝客がいるのか?もっとも、最乗寺自体どれほどの集客力があるのか?少なくとも、小田原からの観光客の流れは箱根方面しかないように思えます。

 

3.モハ165+モハ166+クハ187 (飯田岡~相模沼田:1988年11月)

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それでも新車を投入するほど、将来性のある路線なのでしょう。ローカル線が減って行くなかで、喜ばしい路線です。

 

4.モハ163+モハ164+クハ185 (飯田岡~相模沼田:1988年11月)

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  新車は1984年から徐々に新車が増備されており、この時点で既に3編成投入されていました。そのうち全て新車になってしまいます。

 

5.モハ165+モハ166+クハ187  (飯田岡~相模沼田:1988年11月)

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 この日は、4列車運用のうち、新車が2列車走っていました。新車には興味がないので、旧型車ばかり撮影していましたが、あまりに列車の本数が多いので、すぐに飽きてしまい、仕方なく新車も少々撮影しました。

 

6.モハ5001+モハ5002+クハ5501  (大雄山:1988年10月)

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 せっかくなので、新車の5000形もちょっとだけ撮影しました。

新車は1984年から投入されましたが、お隣の駿豆線に一足早く導入された3000形をベースにした、ロングシート3扉で18m車の3両固定編成となりました。新車は当然の冷房付きカルダン車です。これまでの旧型車両に比べていきなり3階級程出世した様な車両で、大雄山線にとっては、青天の霹靂でした。

 

7.クハ5503+モハ5006+モハ5005 (飯田岡~相模沼田:1988年11月)

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 5000形の第1編成は駿豆線の3000形と同じく鋼製車で、白と青の塗装でデビューしましたが、第2編成以降はステンレス車となりました。

この時点で5000形は3編成導入されていましたが、最終的には1996年までに7編成となり、旧型車を淘汰しました。