ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1270話 1995年高松琴平:琴電通いを重ねれば・・・(その2)

撮影旅行で雨に降られると、時間つぶしが厄介です。まあ、街中であれば適当に何とかなりますが、とりあえずは何らかのサプライズを求めて車庫見学です。

 

1.810他 (仏生山:1995年8月)

仏生山の車庫には、ラッシュ後に戻って来た車両が留置されていましたが、ほぼ非冷房の車両でした。この頃の琴平線は、冷房車の1070形や1080形が日中の主力で、非冷房車はラッシュ時の限定運用となっており、昼間はほとんど走りませんでした。

 

2.810+820 (仏生山:1995年8月)

そして、非冷房車の中には貴重な吊掛車もいました。この810+820も吊掛車です。元豊川鉄道の生き残りと言う経歴の2両ですが、琴電にて車体更新されたので、平凡な車両になってしまいました。しばらく1080形の増備もなく、辛うじてラッシュ時の限定運用に収まっていますが、次の廃車候補と思われました。

 

3.1030+1029 (仏生山:1995年8月)

この1020系は非冷房ですが、一応カルダン車です。元名鉄3700系を前身とする、かつては吊掛車で、仲間が16両もいました。琴電では当初この系列のカルダン化を計画されていたようですが、京急1000系の導入により計画が変わったようで、1029+1030と1031+1032の2編成だけがカルダン化されたものの中断となりました。結局、1020系はカルダン化された2編成だけが残りました。

 

4.950+1017 (仏生山:1995年8月)

この車両も吊掛車でかつ、異端車である950+1017です。この2連は、通常ラッシュ時の限定運用で仏生山~高松築港間の4連に充当されていましたが、いつも950は中間に入っており、なかなか顔を撮影するのが難しい車両でした。しかし、琴電通いを重ねれば、このように撮影できることもありました。950は元国鉄オハ31の台枠を流用した琴電お手製で、相棒の1017は元三岐鉄道のモハ122です。元三岐の車両はMTユニットで3編成琴電に在籍していましたが、この1017はコンビを組む相手がおらず、どういうわけか950とコンビを組むことになりましたが、この凸凹コンビが残った理由がわかりません。しかしこの編成も次期廃車候補です。

 

5.950 (仏生山:1995年8月)

この日は、列車検査なのか珍しく950の顔が撮れました。950は妻面の台枠部に元国鉄オハ31の名残であるアンチクライマーが残っていました。満足な形式写真ではありませんが、これはある意味サプライズでした。