おそらく、これが在来車の最後の撮影になるだろう北陸鉄道浅野川線では、しばらく大野川橋梁で撮影を続けました。とは言っても、日中の運用は2列車だけなので、すぐに飽きてしまいます。
1.モハ3501+モハ3301 (蚊爪~粟ヶ崎:1996年11月)

しかも、この塗装です。ところで、モハ3501は1961年に日本車輌で完全新製された車両です。当初から浅野川線に投入されて、35年間浅野川線だけで活躍しました。雑多車両の多い浅野川線においては貴重な生え抜きでした。
2.モハ3301+モハ3501 (粟ヶ崎~蚊爪:1996年11月)

モハ3301は1958年日本車輌製のこれも完全新製車ですが、元は金石線用の少し小さい15m車です。金石線から加南線を経て1966年に浅野川線に転籍してきました。この電車はなぜか昇圧後も予備車として残りましたが、昇圧改造は行わず無意味な存在となりました。結局使用されずに1998年に廃車されました。
3.モハ3501+モハ3301 (蚊爪~粟ヶ崎:1996年11月)

ようやく、日差しが列車の側面を照らし始めました。でも、いくら天気が良くても、この塗装じゃ気合が入りません。
4.モハ3551+クハ1001 (蚊爪~粟ヶ崎:1996年11月)

モハ3551は1962年日本車輌製です。こちらは旧伊那電の臓物を流用した車両です。モハ3501と同じ車体のはずですが、貫通扉の窓を少しいじったようで結構アンバランスな顔をしています。しかし、この日の貴重なオリジナル塗装車なので、文句は言わず、とにかく撮影です。
5.モハ3551+クハ1001 (北間~蚊爪:1996年11月)

ちょっと場所を移動して、今度はオリジナル塗装の急行列車がやって来ました。浅野川線は駅間が短く、表定速度が上がりません。駅が多過ぎるからなのか、日中は1本おきに停車駅が少ない急行列車が運行されていました。
6.モハ3501+モハ3301 (北間~蚊爪:1996年11月)

これらの車両の昇圧後の処遇ですが、600Vの石川線は7000系がいるので転籍は考えられず、吊掛車でもあるため、恐らく全車廃車になることが見えていました。前述の通り、なぜかモハ3301とモハ3563の2両だけが600V車のままで残りました。保存目的なのかと思いましたが、導入が遅れていた8000系第5編成の便宜的な予備車だったそうです。
7.モハ3501+モハ3301 (大河端~三ツ屋:1996年11月)

そして、この1か月後に浅野川線は昇圧され、全車が元京王3000系である北鉄8000系に置き換わり新装開店となりました。そして、2001年には北鉄金沢駅が地下化されて現在に至りますが、私は昇圧後の浅野川線に一度も出向いていません。気が付けば元京王のステンプラカーは風前の灯火になってしまいました。