ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第968話 1995年名鉄(美濃町):岐阜の細道(その4)

名鉄美濃町線の上芥見付近にあった併用軌道は、ほんの数百mほどの区間でしたが、この路線を象徴する存在でした。もともとこの道路も未舗装の農道だったのでしょうが、この時代にこんな併用軌道が残っていたとは驚きでした。

 

1.モ603 (上芥見~白金:1995年11月)

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線路もアスファルトで舗装されていましたが、やはり美濃町線が普通鉄道ではなく軌道だった証しです。

 

2.モ603 (上芥見~白金:1995年11月)

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珍しく車が来ましたが、ここでは渋滞もなく、車と電車の共存が成り立っていました。

 

3.モ880形 (上芥見~白金:1995年11月)

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上芥見は、こんな田舎でしたが、この路線は関市と岐阜市街を結ぶインターアーバンです。単線ですが15分間隔の運転なので、両方向から5~10分ほどで列車がやって来ました。

 

4.モ880形 (上芥見~白金:1995年11月)

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併用軌道の先は再び専用軌道に戻ります。この一画も、とてもインターアーバンとは思えない鄙びた場所でした。

 

5.モ603 (上芥見~白金:1995年11月)

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モ600形を正面から見ると貫通路に運転席がある様ですが、まさしくその通りでした。運転台は貫通扉に取付けられており、非常に複雑な構造の様でした。時々連結運転もあった様ですが、貫通路は使用していませんでした。そもそも貫通路の目的は何だったのか?

 

6.モ603 (上芥見~白金:1995年11月)

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私はこの辺りの雰囲気が気に入りました。馬面電車が走る正に「岐阜の細道」です。そして、この先には撮影ポイントの津保川橋梁がありました。空は快晴です。そろそろ日没が近づき、津保川橋梁では夕陽に映えるスカーレットの電車を見ることが出来そうです。