南海1201形は600V車だったので、1973年の本線昇圧時に貴志川線へ転属となった10両以外は一斉に廃車されましたが、京福電鉄福井支社や水間鉄道に28両が譲渡されました。しかし、京福電鉄福井支社に転じた16両は1985年までに、水間鉄道に転じた12両は1990年に廃車となり、最後まで残ったのは貴志川線でした。
1.モハ1210+モハ1200形 (伊太祁曽:1990年2月)
貴志川線に1201形が残った理由は、やはり600Vだったからです。なかなか600Vの中古車両は調達が厳しくなっており、この年、お隣の水間鉄道では、1500V化の大英断を図り、東急の7000形を導入しましたが、貴志川線は1201形で頑固に600Vを貫きました。
2.モハ1202+モハ1213 (吉礼~伊太祁曽:1990年2月)
さて、貴志川線の沿線ですが、やはりローカルで、南海電鉄が投資をためらうのも納得できました。しかし裏を返すと風光明媚なロケーションが多く、日を改めて走行写真を撮ることにしました。
3.モハ1217+モハ1203 (大池遊園~西山口:1991年9月)
そして、本腰を入れて走行撮影を挙行したのは翌年の1991年9月でしたが、貴志川線だけでは交通費がもったいないので、一応野上電鉄とのセット訪問でした。
4.モハ1241+モハ1234 (大池遊園~東山:1991年9月)
この橋梁は貴志川線では唯一まともな鉄橋で、車両の足回りまできれいに撮影できました。ところで、この大池遊園は、桜の名所です。本当は桜の時期が良かったのですが、結局桜の写真は1枚もありません。
5.モハ1234+モハ1241 (東山~大池遊園:1991年9月)
なんともメルヘンチックな光景です。やはり桜の花の時期に出向くべきでした。
6.モハ1217+モハ1203 (大池遊園~東山:1991年9月)
列車はこの鉄橋を非常にゆっくりと渡るので、こんなアップ写真も落ち着いて撮れました。