ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第349話 1988年新潟交通:もうすぐ春ですが・・・(その5)

1988年の4月も中旬となりました。

新潟の桜は5月のGWが見頃です。せっかく一冬を越したので、せめて六分駅の桜を見届けたかったのですが、東京に戻れと上司命令があり、今回が半年間の新潟暮らしの最後の撮影となりました。

 

1.モハ11 (小中川~新飯田:1988年4月)

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 この日は夕景の越後山系を狙って午後から撮影に出向きました。

少し雲が出ましたが、タイミング良く夕陽がモハ11と残雪の山並みを照らし、幻想的な光景となりました。

 

2.モハ12 (小中川~新飯田:1988年4月)

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 雲は流れて晴れてきました。この季節、この場所では車体の側面まで陽が射しませんが、背景の山並みは期待通りとなりました。

 

3.モハ16 (小中川~新飯田:1988年4月)

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旧車体のモハ16がやって来ました。厳しい冬の新潟暮らしでしたが、こんな写真が撮れると、もう少し新潟に居たい気がします。

 

4.モハ16 (小中川~新飯田:1988年4月)

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 ここは、今でも上越新幹線の車窓から見える場所です。線路はもうありませんが、廃線跡は新幹線の車窓からでもよくわかります。今も周りの風景は変わりません。

 

5.モハ11 (小中川~新飯田:1988年4月)

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 枯れた田園地帯の一角に青々とした野菜畑がありました。よく見ると菜の花も咲いています。もうすぐ春ですが・・・

 

6.モハ12 (小中川~新飯田:1988年4月)

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半年におよぶ冬の新潟生活が間もなく終わり、東京に戻ることになりました。

新潟はこれからが良い季節なのですが、仕事の都合なので仕方ありません。しかし、これ以降も新潟には頻繁に出向く機会があり、新潟交通の撮影は続きます。