ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第377話 1989年津軽:みちのくの気動車を求めて(その2)

雨のなか芦野公園に出向きました。桜は咲いていましたがこの天気なので花見客は少なく、露店や見世物小屋も開店休業状態でした。

 

1.保存車オハ311 (芦野公園:1989年5月)

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 芦野公園は雨のためかなり暗く、今回は桜トンネルの撮影を諦めて芦野公園に保存されていたオハ311を撮影しただけです。

この車両は先代のストーブ列車用に、国鉄から譲受した3両のオハ31のうちの1両で、元オハ3126です。1983年まで使用されてこの芦野公園に保存されました。

 

2.保存車オハ311説明板 (芦野公園:1989年5月)

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オハ311の由来を見ると、津軽鉄道のストーブ列車に対する愛着が伝わってきます。 

オハ311はしばらくこの場所で保存が続きましたが、元国鉄の貴重なダブルルーフ客車であることから、現在は復元整備されて鉄道博物館で保存されています。この芦野公園から搬出の際には、車体を半分に切断して輸送しました。ここで朽ち果てるものと思って写真を撮りましたが、これはこれで良い記録となりました。

 

3.ナハフ1201+ナハフ1203 (五所川原:1989年5月)

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 さて今回は、気動車ネタのはずですが、津軽の客車は無視できないので少々状況報告します。客車列車の予備として残っていたナハフ1200形ですが、もうほとんど使用されていない様子でした。お隣の弘南鉄道大鰐線では同型車のクハ1260形が、まだまだレギュラーとして活躍していたのに、こちらはフリーター状態です。

 

4.ナハフ1202 (五所川原:1989年5月)

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 ナハフ1200形は3両在籍していましたが、やはり余剰ぎみで、ナハフ1201が1995年に廃車となります。残る2両は予備車としてしぶとく残り、時々イベント運転に使用されましたが、その後は保留車となり、うやむやなまま現在に至ります

 

5.オハ462 (五所川原:1989年5月)

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 オハ462も予備車の様でしたが、この派手な塗装は何の目的なのか?

この日、仲間のオハ331とオハ463は営業に出ていましたが、その2両は従来からのおとなしい塗装でした。

 

6.キ101 (五所川原:1989年5月)

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 雪のシーズンを終えて、キ101は休眠に入りました。

津軽鉄道の車両は変化もなく、逆にこの先どうなるのか不安なくらいでした。弘南鉄道黒石線や下北交通大畑線などはNDCの投入を諦めて、JRから廃車になったキハ22形を購入し、ワンマン化して使用していましたが、津軽鉄道もなかなか新車というわけにはならない様でした。

さて、この日は天気が最悪でしたが、ここまで来たので、これより本線に出て走行撮影開始です。