この日は少し霞んだ天気でしたが、せっかく2年ぶりの訪問なので久慈浜方面へ歩きながら撮影を続けました。とは、言うものの、日中の日立電鉄は単行のワンマンカーしか走っておらず、2,3列車撮影すればもう十分です。
1.モハ16 (常北太田~小沢:1993年3月)
この頃は、まだ旧型の両運車が日中の主力として活躍していましたが、この時点で元営団2000系を両運化した3000形が1両導入されていました。この日、3000形は走っていない様でしたが、種車はどうであれ両運化ということで、どんな車両なのか気になりました。
2.モハ16 (小沢~常陸岡田:1993年3月)
しかし、3000形が導入されたと言うことは、旧型両運車も安泰ではありません。次に3000形が増備されれば、真っ先にこのモハ13形あたりが淘汰の対象になるだろうと思いました。ところが、意外にも段階的に廃車となり、モハ13が1993年、モハ15は1995年、モハ16が1996年、そしてモハ14は1997年の廃車でした。
3.モハ10 (小沢~常陸岡田:1993年3月)
次にやって来たのは、この日初登場のモハ10でした。モハ10は先に撮影したモハ9と兄弟車両のモハ9形ですが、モハ9と連結運転を想定していたのか、モハ9とは反対の常北太田寄りの妻面が貫通化されていました。
4.モハ10 (小沢~常陸岡田:1993年3月)
しかし、実態は1971年にワンマン化された以降は単行運用のみで、モハ9とモハ10の連結運転を見たことがありませんでした。
5.モハ10 (小沢~常陸岡田:1993年3月)
モハ9形は、日立電鉄のオリジナル車両なので日立電鉄も思い入れがあるのかと思いましたが、3000形が増備されるとモハ9は1994年に廃車されました。ところが、モハ10はその後も生き延び、モハ14と共に旧型車としては一番最後の1997年まで生き残った車両でした。
6.クハ109+モハ110 (川中子~常陸岡田:1993年3月)
ぶらぶら歩きながら、川中子まで来ました。ここで1枚撮ったら久慈浜の車庫に行こうと思っていたら、想定外の2連が来ました。そろそろ帰宅ラッシュの運用なのか、ともあれラッキーでした。