ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1144話 1995年茨城交通:引っ越しの日の気動車三昧(その3)

夕方になり光線状態もソフトになってきましたが、風は収まらず田圃の水面は波打って、なかなか鏡の様にはなりません。

 

1.キハ221+キハ222 (金上~中根:1995年5月)

この日の運用列車は、キハ221+キハ223とキハ202+キハ222の2列車に落ち着きました。キハ11形とキハ20形はワンマン化されていないので、日中は2連でも走らない限りほとんど見られません。この日は2連の運用だったので、特にキハ11形の走りに期待しましたが、どうも走らない様です。

 

2.キハ221+キハ222 (金上~中根:1995年5月)

ところで、キハ22形と言えば本家JRのキハ22形はこの頃どうなっていたのか、当時は気にも留めませんでしたが、今頃になった確認したところ、JR北海道のキハ22もほんの一部6両だけがワンマン化されてキハ22形700番台になっていました。しかし、1995年当時残っていたのはたった3両だけで、1995年9月までに全車廃車となりました。

 

3.キハ202+キハ223 (金上~中根:1995年5月)

結局、1995年以降残った本物のキハ22形は私鉄に天下った車両ばかりとなりましたが、ちなみに下記の状況でした。

下北交通キハ85形3両:2001年4月1日に路線廃止により全廃。(全車動態保存で現存)

津軽鉄道キハ22形3両:2000~2007年全廃。

弘南鉄道キハ22形3両:1995年7月に2両廃車。1998年4月1日に路線廃止により全廃。

 

4.キハ202+キハ223 (金上~中根:1995年5月)

もう同じ列車をさんざん撮ったので、明るいうちに那珂湊へ留置車両の撮影に向かいました。

 

5.キハ201、キハ112他 (那珂湊:1995年5月)

ここは那珂湊機関区です。もう夕方なので車両に影が被りそうですが、ギリギリセーフです。さて、留置車両ですがやはり、キハ11形、キハ20形は昼寝していました。

 

6.キハ201他 (那珂湊:1995年5月)

この日運用されていたキハ202以外のキハ20系は、朝のラッシュ用に編成を組んでいましたが、休日は暇そうでした。

 

7.キハ112 (那珂湊:1995年5月)

すでにキハ11形は予備車的な存在でした。新車が導入されれば恐らく廃車になると思われました。しかし、実態はそうではありませんでした。