ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第454話 1988年茨城交通:夏の陣を垣間見る

1988年夏、この年も茨交の夏の陣を見に行きました。

この日は、午前中に阿字ヶ浦で少々海水浴を楽しみ、午後から帰り客を運ぶ列車を撮影しました。

 

1.キハ2000形とキハ22形の4連 (金上~中根:1988年8月)

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 さすがにかき入れ時だけあって、帰りも4連が運行されていました。この4連はすべて道産子のキハ22形モドキで編成されており、アメリカン塗装はさておき、それなりの編成美でした。

 

2.キハ2000形とキハ22形の4連 (金上~中根:1988年8月)

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4連は多くの海水浴客を運んでいました。この頃はまだまだ海水浴が夏のメジャーなレジャーでした。阿字ヶ浦は、東京に住んでいるとあまり馴染みのない海水浴場でしたが、江ノ島あたりの芋洗い状況ではなく、結構穴場でした。しかもこの頃は上野から海水浴の臨時列車まであり、少々遠いですが、房総や伊豆に行くことを思えば同じです。

 

3.JRキハ58形とキハ1103の4連 (金上~中根:1988年8月)

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 続いてJRからの乗り入れ列車です。今年も定期スジの運用なので、有難いことに旧塗装のキハ1103がぶら下がっていました。

 

4.JRキハ58形とキハ1103の4連 (金上~中根:1988年8月)

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この頃JR気動車の私鉄乗り入れも貴重になってきましたが、この茨交への海水浴列車は1993年頃まで続いたそうです。

 

5.キハ1103 (金上~中根:1988年8月)

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 JRの直通列車と別れたキハ1103は、単行で戻ってきました。この車両の単独走行をまともに撮影できたのはこれが初めてです。キハ1103は、北海道の留萌鉄道からやって来た、新潟鐵工所製の湘南顔気動車ですが、鹿島鉄道の湘南顔気動車とは異なる独特の雰囲気の車両でした。

 

6.キハ2000形、キハ22形、キハ11形の5連 (金上~中根:1988年8月)

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 帰りのラッシュが始まったのか、とうとう5連の登場です。最後尾にぶら下がる旧塗装のキハ11形がご愛嬌です。こういう普段は見ない豪快な列車を見ると元気になれます。しかし天気が怪しくなってきました。

 

7.キハ1103、キハ11形、キハ22形の4連 (金上~中根:1988年8月)

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続いてやって来た4連は、うれしい旧塗装でキハ1103が先頭でしたが、もう天気が限界で、一雨降りそうです。 

 

8.キハ22形、キハ11形、キハ1103の4連 (金上~中根:1988年8月)

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 この4連を撮って撤収です。

その後も茨交の「夏の陣」はしばらく続きましたが、私が撮影した「夏の陣」はこれが最後でした。そして、海水浴客は減少の一途をたどり、JRからの乗り入れも1994年以降はなくなってしまいました。