ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1143話 1995年茨城交通:引っ越しの日の気動車三昧(その2)

麦畑の次は田園地帯です。この時期の中根周辺は、田植えが終わって一面が鏡の様な水田なのですが、この日は風が強く、水面が波立っており、鏡ではありません。しかし、この時期に相応しい景観でした。

 

1.キハ202+キハ223 (金上~中根:1995年5月)

この日はどの列車も2連なので撮り甲斐がありました。天気も良く申し分ありませんが、ただ一つ欲を言えば、この塗装を何とかして欲しい!!

 

2.キハ202+キハ223 (金上~中根:1995年5月)

私が湊線の沿線撮影を初めて行ったのは1985年の5月(第35話)でした。たしか、その時もこの付近で撮影しましたが、風が強くて水田は波打っていました。あれから何度も撮影を繰り返し、ちょうど10年が経過していましたが、周りの景色は全く変わっていません。変わったのは一部の車両と車体塗装くらいですが、この塗装変更は一番インパクトが大きく、加えてショックでした。

 

3.キハ221+キハ222 (金上~中根:1995年5月)

旋回窓がやって来ました。この列車は先程まで元羽幌と元留萌のコンビでしたが、いつの間にか、元羽幌同士のコンビになっていました。しかし、見た目は変わりません。

 

4.キハ221+キハ222 (金上~中根:1995年5月)

キハ2000形に続き、このキハ22形は1994年にキハ222とキハ223がワンマン化されましたが、なぜかキハ221はワンマン化されないままでした。結局キハ221は1996年に廃車されました。

 

5.キハ221+キハ222 (金上~中根:1995年5月)

田植えは終わった様ですが、農作業はこれからが忙しくなる様です。畦道には軽トラが何台も乗り入れていました。軽トラはどんどんモデルチェンジされますが、気動車は昭和40年代から時間が止まっていました。

 

6.キハ221+キハ222 (金上~中根:1995年5月)

しかし、この秋には新車が入ります。翌年のこの頃には、間違いなくこの風景の中をNDCが走っているはずです。そして、何よりも引退する車両がとても気になりました。