ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第124話 1985年蒲原 路線縮小の時(その7)

最終日は雪が降ったりやんだりのあいにくの天気となりましたが、2本の4連を車で追い掛けてかなり充実した撮影となりました。

この日のダイヤもかなり乱れていました。車掌さんも4連なのでまともに集札などやってられなかった様です。

  

1.モハ91+クハ10+モハ71+モハ81 (高松~大蒲原:1985年3月)

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 ここは、大蒲原駅のすぐ高松寄りの場所です。緩い勾配を登って来る列車が望めるお立ち台です。架線柱がカーブの外側なので、気にせず何枚でも連写できます。大勢の同好者がおり、皆同じような写真を撮っていました。

 

2.モハ11+モハ41+モハ51+モハ12 (高松~土倉:1985年3月)

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高松の周辺は何もありませんが、金割鉱泉と言う小さな温泉宿がありました。この温泉宿から蒲原鉄道の列車が一望でき、この日は大盛況だった様です。この区間が廃止となった後、1987年の春に私は廃線跡を歩いたことがありました。その時金割鉱泉で鯉料理と山盛りの山菜料理を食べ、一風呂浴びた記憶があります。しかし金割鉱泉はその後廃業となったそうです。

 

3.モハ91+クハ10+モハ71+モハ81 (加茂~陣ケ峰:1985年3月)

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 蒲原鉄道は加茂駅の手前で加茂川を渡ります。写真の様に立派な橋梁です。この橋梁は国鉄信越線も併設された共同の橋梁となっていました。運が良ければ信越線の列車との併走シーンが撮れますが、この日はこれで十分でした。

 

4.モハ91+クハ10+モハ71+モハ81 (駒岡~狭口:1985年3月)

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 駒岡から七谷の少し手前まので区間は加茂川沿いに線路が敷設されていました。この写真も加茂川対岸から撮影したものです。この前年の秋にもこの付近でモハ12やモハ41をを撮影(第34話をご覧下さい。)していますが、やはり蒲原は秋が一番良い季節だったと思います。

 

5.モハ11+モハ41+モハ51+モハ12 (狭口~駒岡:1985年3月)

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 狭口にモハ11先頭の4連がやって来ました。先程は雪の中での撮影でしたが、この時は雪がやみ、まともな撮影ができました。

 

6.モハ81+モハ71+クハ10+モハ91 (高松~大蒲原:1985年3月)

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 この前年の夏に、撮影の合間にこの溜池でザリガニ釣りをしました。夏と冬とでは周りの景色が全く違います。