ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第175話 1985年水島臨海 コンビナートの勝ち組鉄道

1985年の年末は久々の岡山に出向いて、片上鉄道や下津井電鉄を訪問しましたが、どういうわけか水島臨海鉄道にも足を向けました。

当時水島臨海鉄道は、古い気動車を一掃して、元国鉄キハ10形しか在籍していない趣味的には非常につまらない鉄道になっており、なぜ出向いたのかはっきりした理由が記憶にありません。

 

1.高架化工事が進む水島周辺 (水島:1985年12月)

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 当時の水島臨海鉄道は、地方鉄道では異例の高架工事が盛んに行われていました。

水島コンビナートの重要な輸送手段であった水島臨海鉄道は、旅客は少なくても貨物という安定した収入に支えられており、岡山近辺の私鉄では完全に勝ち組でした。

しかし、旅客車は伝統的にボロでした。

 

2.キハ354+キハ356 (水島:1985年12月)

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 当時の旅客車は、元国鉄キハ10形だったキハ350形(注1)が7両在籍していました。これらの車両は1976年~1985年にかけて導入され、雑多な元国鉄機械式気動車の成れの果てや、元夕張鉄道の湘南型気動車を淘汰しました。

このキハ350形はほとんど改造もなく投入されましたが、なぜか前照灯が3灯に増設されていました。

 

3.キハ354の標記 (水島:1985年12月)

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 (注1)キハ350形の車歴

・水島キハ351←国鉄キハ103←国鉄キハ48102:1955年帝国車輌製

・水島キハ352←国鉄キハ107←国鉄キハ48106:1955年帝国車輌製

・水島キハ353←国鉄キハ104←国鉄キハ48103:1955年帝国車輌製

・水島キハ354←国鉄キハ105←国鉄キハ48104:1955年帝国車輌製

・水島キハ355←国鉄キハ1053←国鉄キハ48152:1957年帝国車輌製

・水島キハ356←国鉄キハ1058←国鉄キハ48157:1957年帝国車輌製

・水島キハ357←国鉄キハ1060←国鉄キハ48159:1957年帝国車輌製

 

4.キハ356+キハ354 (水島:1985年12月)

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水島臨海鉄道は、キハ350形の導入によって車種統一されましたが、車体塗装もそのままの国鉄10形気動車だったので、国鉄水島臨海線のごとくでした。しかし、このつまらない車両も先が短く、まもなく同じ国鉄の後輩であるキハ20形に追いやられてしまいます。

 

5.キハ354+キハ356 (球場前~倉敷市:1985年12月)

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 つまらないキハ350形でしたが、なぜか走行写真まで撮っていました。この場所は山陽本線との併走区間で、架線柱が見えていますが、列車の向こう側は山陽本線です。

この日は水島まで往復しましたが、車庫には行きませんでした。もっとも車庫に行っても同じ車両ばかりですし、その車庫は水島からはるか2kmも先にあり、歩く以外の交通手段もなかったので、とても行く気がしませんでした。

 

6.キハ356+キハ354 (倉敷市~球場前:1985年12月)

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 つまらない車両でしたが、今となっては貴重な記録写真となりました。

この後、水島臨海鉄道は元国鉄キハ20形に車種統一され、バブル期をやり過ごしますが、さすがに前途ある勝ち組鉄道にキハ20形はどうなのか?

結局地元の議員さんから「車両がボロい」と苦言を呈され、第三セクターである水島臨海鉄道は敏感に反応して小綺麗なNDC導入となります。