筑波鉄道が1987年3月末で廃止になることは分かっていましたが、この時私は大学4年で就職活動やら卒研やらで振り回されており、なかなか出向けないまま、1987年を迎えてしまいました。
しかし、このタイミングを逃すと永久に筑波の車両達に会えなくなってしまうので、卒論も適当に筑波に向かいました。
1.キハ461廃車留置 (真鍋:1987年1月)
真鍋車庫にはまだキハ461が留置されていました。
いつ解体になるのかきわどい状況でした。しかし、希少価値が認められて地元で保存されることになりますが、廃止後もしばらくは他の車両ともども真鍋車庫に放置?されます。
2.真鍋機関区全景 (真鍋:1987年1月)
在りし日の真鍋機関区です。
筑波鉄道はあと2カ月で廃止となりますが、この真鍋機関区は車両ともどもしばらく保管されます。しかし、保存されたキハ461と常総線に転じたキハ301以外は他の関東鉄道グループの路線に転籍することもなく、また他社への譲渡もなく解体されてしまいました。比較的車齢の若い車両やキハ500形などオリジナルの優秀車両もいましたが残念でした。
3.キハ541廃車留置 (真鍋:1987年1月)
キハ541も長らく廃車留置されていました。この車両の引き取り手はまずいません。バケット付きの形態が珍しい車両ですが、保存もないでしょう。このまま解体が目に見えていました。
4.廃車留置のキハ541、キハ461他 (真鍋:1987年1月)
左のキハ541と右のキハ461は、共に北陸鉄道能登線からやって来た車両です。
共に廃車となり、その後も一緒に廃車留置となりました。よほどの腐れ縁ですが、最後はキハ461のみが保存となり、この2両の明暗がはっきりしました。
5.キハ812解体 (真鍋:1987年1月)
廃止が近づき、廃車の解体が始まりました。
このキハ812は事故廃車されたものです。車齢も若く、しばらく保管されていたのでもしかして復旧されるのかと思いましたが、結局解体となりました。ちょうど解体中に訪問できたのも何かの因縁でしょうか?
6.キクハ11廃車留置 (真鍋:1987年1月)
解体中のキハ812の次位には、これも廃車留置中のキクハ11がいました。
この調子では、次はキクハ11が解体される感じです。廃止を前に店じまいの準備が着々と始まっていました。