ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第722話 1993年島原:島原大変!!

1993年は仕事の都合で、私は広島に長期滞在していました。そのため、休日は西日本各地のローカル線巡りをしていましたが、時には九州にも足を延ばしました。

その頃の九州は、すでに地方私鉄はほとんど残っておらず、なかなか出向くきっかけがありませんでしたが、気になっていたのが島原鉄道でした。当時の島原鉄道は既に旧型気動車が淘汰されており、準国鉄仕様の自社発注車と元国鉄キハ20形しか在籍しておらず、趣味的には全く魅力を感じませんでしたが、1991年に発生した雲仙普賢岳の噴火が続いており、1993年4月には大土石流で島原鉄道の路線が分断されてしまい、まさしく「島原大変」となっていました。

 

1.キハ5505、キハ2003、ワフ22 (南島原:1993年10月)

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 この災害で島原鉄道は、島原外港~深江間が運休となっていました。 そして、深江~加津佐間では、路線分断により取り残された一部の車両で運行を再開しましたが、この区間には車庫がなく、列車の検修作業も大変な状況で、このままどうなってしまうのか、とにかく島原を目指しました。

 

2.南島原駅 (南島原:1993年10月)

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この日は熊本で寄り道をしていたので、島原に着いたのは夕方でした。最初に出向いたのは、機関区のある南島原でした。

 

3.キハ2003+キハ20形、ワフ22他 (南島原:1993年10月)

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諫早島原外港間は普賢岳噴火の直接的な被害はないようでしたが、機関区内は何となく重苦しい雰囲気でした。

 

4.キハ2003+キハ20形他 (南島原:1993年10月)

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 車庫内を見渡すと、やはり元国鉄キハ20形が目立ちました。そして、自社オリジナルのキハ26形やキハ55形もチラホラ・・・。

 

5.キハ5506、キハ2006他 (南島原:1993年10月)

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車両はみな同じ塗装で、似たような車両ばかりなので撮影もイマイチ気合が入りません。 車庫には車両がいっぱい寝ている様でしたが、やはり路線分断の影響なのか?

 

6.ワフ22 (南島原:1993年10月)

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 車庫内には、変わった車両も・・・。このワフ22(注1)は元々線内貨物に使用されていたようですが、既に貨物輸送はなく、事業用車として活用されていました。しばらく使用されていない様で荒廃しており、この翌年に廃車となりました。

(注1)ワフ20形の車歴

・島原ワフ22,23←国鉄ワフ22782,22815:1948年木南車輌製

 

7.旧キユニ4505(倉庫代用) (南島原:1993年10月) 

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 いました湘南!! この車両は1982年に廃車となったキユニ4505(注2)のダルマです。元は自社発注車のキハ45000形4両の内の1両です。1978年に郵便車化され、側窓の一部が鉄板で塞がれました。ダルマになった時点で真っ黒に塗装された様ですが、何故か車号標記が残されていました。しかし、もう塗装はボロボロで錆だらけです。

 

8.旧キハ4505(倉庫代用) (南島原:1993年10月)

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 (注2)キユニ4505の車歴

・島原キユニ4505←島原キハ4505:1953年帝国車輌製

本当は、キハ4500形が現役の頃に訪問したかったのですが、島原は遠い場所でした。