ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1185話 1993年三井三池:店じまいが始まった頃

三井三池鉄道の話題は、第942話~第944話でお伝えしましたが、その際に運用を離脱した機関車たちが保管されている場所へわざわざ案内して頂き見せてもらいました。

 

1.No.7+No.8+No.3+No.4 (三池港:1993年9月)

ここは、三池港の一角にある保管車両の留置場所です。保管と言うよりも解体待ちの廃車置き場の様でした。三池炭鉱はすでに閉山に向けて規模の縮小を図っている最中で、貨物輸送は近隣の火力発電所への石炭輸送と沿線にある工場の原料や製品輸送を細々と行う程度で、電気機関車が大量に余ってしまい、これらの処遇が気になるところでした。

 

2.No.7+No.8+No.3+No.4 (三池港:1993年9月)

まず、この場所に留置されていたのは、No.7,8,3,4の4両でした。いずれも同じスタイルの22t機です。1989年に訪問した際には、いずれも現役車両でしたが、あれから余剰となってしまいました。

 

3.No.7+No.8・・ (三池港:1993年9月)

ところで、三池の2軸凸電と言えばシーメンス製の舶来品のイメージが根強く、一見して4両ともシーメンスのようですが、この4両は生い立ちが異なります。手前のNo.7とNo.8は1915年製造のニセシーメンス三菱電機製)です。

 

4.・・No.3+No.4 (三池港:1993年9月)

そして、後ろのNo.3とNo.4は1911年製造の本物のシーメンスです。No.4はゼットパンタを付けていました。この4両は火気厳禁の非電化区間で走行するため、リール台車からの給電ができるようにジャンパー栓受を設けていました。しかし、稼働中にケーブルを切断する事故が絶えなかったとかで、リール台車の使用をやめた後は普通の機関車として貨車の入換に使用されていましたが、三池炭鉱の縮小により失業してしまいました。

 

5.No.6 (三池港:1993年9月)

その他にも保管車両がいました。これは最も古いGE製のL型15t機のNo.6です。同型であるもう1両のNo.5は奇麗に整備されて表に飾られていましたが、こちらはどうしたものか?しかし、状態は悪くありませんでした。

 

6.No.16 (三池港:1993年9月)

その後ろは、パンタグラフがないNo.16です。この辺りから廃車体の雰囲気が強くなってきました。この車両もニセシーメンスですが、22t機では最終増備となる1934年製造の三池製作所製です。

 

7.No.31 (三池港:1993年9月)

更にその後ろは、ちょっとスリムなNo.31です。この機関車は少し小さめの20t機で、旅客輸送用に使用されていました。1923年三池製作所製ですが、元は15t機だったそうです。