ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第826話 1993年日立:旧型車の動向を追う(その2)

日立電鉄の旧型車2連は、この時点で、静岡生まれのクモハ110+クハ109とクモハ351+クモハ352の2編成だけになっていました。もっとも、同形でユニットを組んでいたのはこの2編成だけだったので、結果的にこの2編成が残った様です。

 

1.クモハ110+クハ109他 (常北太田:1993年4月)

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 2連は新車の2000系が一気に増殖したので、編成を組んでいた旧型車も一気にいなくなりました。そして、静岡コンビも果たして使われているのか不明でした。特に、このクモハ110+クハ109は、見た感じ走っていない様子でした。案の定、クモハ110は2週間後に廃車され、なぜか生き残ったクハ109は2カ月後に廃車となりました。

 

2.クモハ351+クモハ352他 (常北太田:1993年4月)

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この編成など、車体は1968年製なので、元営団2000系よりも5年以上も若い車両ですが、やはり足回りがヨボヨボだったので、引退はやむを得ません。 結局最後まで残った旧型2連のクモハ351+クモハ352はちょうど1年後に廃車となりました。

 

3.モハ15 (鮎川:1993年4月)

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 さて、こんどは元相模の電気式ガソリンカーの成れの果てであるモハ13形です。この食パン電車が4両在籍していました。この車両の元の姿を知る人には、なんとも味気ない車両になってしまいましたが、流線形の電気式気動車から食パン電車になった壮絶な前歴を持つ車両です。

 

4.モハ15車内 (鮎川:1993年4月)

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 シンプルな外観のモハ13形は車内もシンプルです。しかし、こんな小さな電車ですが、運転室はしっかり仕切られていました。車端は先端まで客室なので展望車のようです。

 

5.モハ16 (鮎川:1993年4月)

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  この食パン電車の動向は、新車のモハ3021との振り替えなのか、モハ13が2か月後に廃車されますが、残りの3両はもうしばらく生き延びました。

 

6.モハ15 (大甕:1993年4月)

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この日は天気がスッキリしなかったので、さらっと形式写真だけ撮って、終わりでした。しかし、2週間後にも走行写真の撮影に日立へ出向きました。当時はそれほど暇ではなかったはずですが、労働のリバウンドなのかも知れません。